光学と逆問題:光トモグラフィー

  • 町田 学
    浜松医科大学フォトニクス医学研究部

書誌事項

タイトル別名
  • Optics and Inverse Problems: Optical Tomography
  • コウガク ト ギャクモンダイ : ヒカリ トモグラフィー

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抄録

<p>目では見えない,つまり可視光は透過しない物質の中身を別の電磁波を使って調べることは,しばしば行われる.X線写真や空港でのテラヘルツ波による検査は身近である.光トモグラフィーは,近赤外線を用いて断層画像を作り,目では見えない物質の内部を調べる技術である.</p><p>医学で使われるイメージング技術と物理との関係は深い.レントゲンはX線を発見してすぐにX線写真を撮影した.物理の実験手法として発展した核磁気共鳴は,医学に応用されてMRI(Magnetic Resonance Imaging)と呼ばれ日常的に使われている.X線CT(Computed Tomography)を考案したのも物理学者である.</p><p>光トモグラフィーは医学に限った技術ではないが,新しい医用イメージングを目指して1990年代初頭あたりから本格的な研究が始まった.X線CTと同じことを,光を使って行う試みである.具体的には波長が700 nmから1μmの近赤外線を使う.この範囲の波長は「光学的窓」と呼ばれ,光は比較的吸収されずに体内を進む.簡単な実験がある.赤色のレーザーポインターを指に当てると指の反対側も赤く光るが,緑色のレーザーポインターを指に当てても反対側には届かない.光学的窓より波長の短い光は血中のヘモグロビンに強く吸収されてしまうからである.光学的窓より波長の長い光は水に吸収される.</p><p>近赤外領域の光も当然マクスウェル方程式に従うが,生体組織中を伝播する光は,古典粒子が散乱体に散乱されながら輸送していく描像で捉えることができる.つまり,光強度は線形のボルツマン方程式に従う.これは輻射輸送方程式と呼ばれ,人体などの生体組織の他にも,雲や霧,星間物質など,散乱と吸収で特徴づけられるランダム媒質中を伝播する光の支配方程式となる.</p><p>臨床研究では人体表面の様々な箇所に光を照射し,出てくる散乱光を様々な場所で計測して再構成画像を作り,がん細胞など吸収や散乱の性質が周囲と異なる部位を特定する.これは,境界値から輻射輸送方程式の吸収係数や散乱係数を推定する係数決定逆問題を解くことになる.X線CTの逆問題と比べてより非適切であり,うまく解かないとわずかな測定誤差が再構成に大きく影響してしまう.</p><p>光トモグラフィーの再構成画像を得るためには,順問題のグリーン関数を用いて逆作用素を作ったり,または方程式を繰り返し解きながら係数を決定する.ところが,輻射輸送方程式の順問題は難しい.空間変数と角度変数(と時間変数)を含んだ積分微分方程式であり,数値計算は容易でなく,解析解も非常に限られた場合にしか知られていない.このために,通常は近似式として拡散方程式が使われる.こうすると一応臨床研究にも使えるようになる.ただし,拡散近似を用いると高解像度の再構成画像は望めない.</p><p>例えば境界が平面の場合には拡散方程式の解析解が求まるので,それを用いて吸収係数の分布などの再構成画像を高速に計算することができる.輻射輸送方程式については1次元の場合には特異固有関数による解析解が1960年以来知られているが,これを3次元に拡張することは長年の未解決問題であり,拡散方程式のときと同様にして再構成画像を作ることはできなかった.最近になって筆者は,回転座標系の手法を用いて特異固有関数を3次元に拡張することに成功した.本研究で開発した光トモグラフィーの理論手法はランダムポテンシャル中の電子の運動に適用することも可能であり,広い応用可能性を持つ.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 72 (10), 712-716, 2017-10-05

    一般社団法人 日本物理学会

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