金属表面における分子の光誘起非平衡ダイナミクス

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タイトル別名
  • Photo-Induced Non-Equilibrium Dynamics of Adsorbates on Metal Surfaces
  • 最近の研究から 金属表面における分子の光誘起非平衡ダイナミクス
  • サイキン ノ ケンキュウ カラ キンゾク ヒョウメン ニ オケル ブンシ ノ ヒカリ ユウキ ヒヘイコウ ダイナミクス

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抄録

<p>物質を自在に変換して有用な物質やエネルギーを得ることは,物質科学の大きな目標の一つである.物質変換に伴う結合状態の変化とはつまるところ電子状態の変化であり,熱反応においては反応座標方向のエネルギーによって遷移状態を超えることでこれが実現される.しかし有用な反応の多くは高い活性化エネルギーを有し,熱反応として進行させるのは困難である.</p><p>この場合,核配置の変化に先立って電子状態を変化させることが有効となる.たとえば,気相の光化学反応では光吸収によって電子状態を変化させ,電子励起状態のポテンシャル曲面に沿った核の運動が反応を実現する.また,固体表面での触媒反応もこの範疇に入るとみることができ,吸着種と表面の軌道混成による電子状態変化によって気相では望むべくもない反応が可能となる.気相では難しい空中窒素固定反応も,還元鉄上であれば比較的高温高圧条件ながら起こすことができる.</p><p>つまり,電子と核の自由度の連関が,興味深く有用な反応の起源となる.その意味で,電子状態に変調を与える上記2つの手段を組み合わせた表面光科学には大きな可能性があると考えられ,事実多くの研究者が高効率な光触媒や人工光合成の実現を目指している.しかしながら,系の複雑さからそれらの基盤を与える素過程,特に電子と核の断熱性の破れとそれがもたらす反応ダイナミクスの理解は十分と言えないのが現状である.</p><p>我々は,金属表面吸着系に起こる光誘起ダイナミクスに着目し,一連の典型的な金属表面吸着系に対して,超高速分光実験と対応する反応過程のシミュレーションを行ってきた.実験で観測された表面吸着分子の光励起ダイナミクスは,気相孤立分子と様々な形で異なるが,それらはいずれも,量子力学的な共鳴状態としての吸着分子の電子励起状態のポテンシャル面および寿命によって特徴づけられることが明らかとなった.</p><p>最近特に興味が持たれるのは,金属の電子集団運動の励起によって起こる化学反応である.この場合,誘起された電子集団運動は速やかに数千ケルビンの温度を持つ高温電子へと転換され,吸着分子はこの高温熱浴と出会うことによってその運動を開始する.高温電子の吸着種への衝突による共鳴電子励起状態への励起・脱励起は,熱的過程として扱うことができ,励起状態で受ける力は電子自由度の積分によって得られる核自由度のLangevin方程式において,揺動力として扱われる.揺動を特徴づける電子摩擦係数は振動モードに依存し,このことが特有の非平衡ダイナミクスをもたらす.</p><p>我々は典型的な化学吸着系CO/Cu(100)を対象とし,超短パルス光によるCO分子の光脱離ダイナミクスを調べた.過渡的な電子温度変化を考慮したシミュレーションの結果,束縛回転モードの電子摩擦係数が大きいために吸着CO分子はまず傾き,脱離過程はやや遅れて進行することが分かり,このようなダイナミクスは表面非線形分光を用いた実験結果をよく説明することが明らかとなった.このことは,吸着分子のサブピコ秒スケールでの光脱離過程が,振動モードごとに異なる“温度”を持つ非平衡過程であることを意味する.近年,局在プラズモン励起が誘起する特異な化学反応が着目されているが,その特異性の背景には,局在プラズモン励起で生じる高温電子が誘起する非平衡ダイナミクスがあると考えられる.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 73 (5), 297-302, 2018-05-05

    一般社団法人 日本物理学会

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