鹿児島県国分平野における花粉分析に基づく最終氷期末期以降の植生変遷と気候変動

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  • Vegetation history and climate change since the Last Termination from the pollen record at the Kokubu Plain, southern Japan

抄録

1.はじめに<br> 九州南部ではこれまで最終氷期以降の植生変遷について,いくつかの研究事例が報告されている。例えば,杉山(1999)は九州南部とその周辺の島嶼部における植物珪酸体分析から,最終氷期以降の暖温帯常緑広葉樹林の変遷を明らかにしている。松下(2002)は肝属平野の沖積層の花粉分析結果から完新世の連続的な植生変遷を明らかにするとともに,約7.3 ka cal BPに鬼界カルデラより噴出した幸屋火砕流による植生破壊と回復の過程でカシ林が拡大したことを指摘した。しかし,九州南部では花粉分析や大型植物遺体などの古植生データの蓄積は乏しく,これらのデータの比較に基づいた地域における時空間的な植生変遷の解明には至っていない。また,これまでの研究では詳細な年代値に基づいた植生復元は十分になされていない。とくに,九州南部では最終氷期以降の詳細なテフラ層序が構築されており,詳細時系列に沿った植生変遷や気候変動を解明することができる。<br> 本研究は,約13.0 ka cal BP以降の連続的な堆積物が報告された鹿児島県国分平野のボーリングコア試料を用いて花粉分析を行う。この分析結果から,国分平野周辺における詳細時系列に沿った植生変遷と気候変動を明らかにする。さらに,最終氷期極相期以降の九州南部における古植生データを比較し,この地域における森林植生の時空間的な変化や火山噴火の影響について考察する。<br>2.試料と方法<br> 本研究では森脇ほか(2015)によって鹿児島県国分平野で採取された全長59.0mのK2コアを用いた。このコア試料には一次堆積のテフラが3層確認されおり,火山ガラスの化学組成と屈折率から,下位より桜島薩摩,桜島高峠3,鬼界アカホヤと同定されている。また,K2コアでは貝殻片・植物片などの6試料について14C年代測定が行われている。本研究では,既存報告の年代値をIntCal13の較正曲線に基づくOxCal v. 4.2を用いて2σの範囲で較正年代を再計算した。花粉分析の試料は約0.7~1.3m間隔で厚さ5cmの53試料を採取した。試料の処理は,KOH-ZnCl2比重分離-アセトリシス法によった。処理後,試料の残渣をグリセリンゼリーで封入し,各試料のプレパラートを作成した。<br>3.結果と考察<br>1)最終氷期末期以降の国分平野における植生変遷と気候変動<br> K2-Ⅰ帯期(約13.2~12.1 ka cal BP)にはコナラ亜属,クマシデ-アサダ属,ブナ属ブナ型の落葉広葉樹が高率であり,この時期の丘陵地にはミズナラやクマシデ,ブナなどの冷温帯性落葉広葉樹林が広がっていた。現在の県内では標高1,000~1,300m付近にミズナラ林が分布している。この丘陵地が標高200m前後であることから,K2-Ⅰ帯期には現在よりも気温が約5℃も低下していたと推測される。K2-Ⅱ帯期(約12.1~7.3 ka cal BP)にはコナラ亜属が優占するが,アカガシ亜属やクリ-シイ属の常緑広葉樹の花粉化石が増加する。したがって,この時期にはミズナラを主体とした冷温帯性落葉広葉樹林が分布するとともに,気候の温暖化に伴って暖温帯性常緑広葉樹のアカガシやアラカシ,シラカシのカシ類やツブラジイやスダジイなどのシイ類が増加したと考えられる。K2-Ⅲ帯期(約7.3~2.0 ka cal BP)になると,アカガシ亜属,とクリ-シイ属が優占するようになり,国分平野周辺の丘陵地には暖温帯性常緑広葉樹林が広がっていた。一方,この時期にはマツ属複維管束亜属やモミ属,マキ属の温帯性針葉樹の花粉化石が増加する。したがって,暖温帯性常緑広葉樹林に混じり,アカマツやモミ,イヌマキなどの温帯性針葉樹が増加したと考えられる。<br>2)最終氷期末期以降の九州南部における時空間的な植生変化<br> 鹿児島県国分平野と肝属平野,宮崎県宮崎平野の花粉分析結果の対比から,九州南部における最終氷期末期以降の時空間的な植生分布の変遷を考察した。この結果,約14.0 ka cal BPの九州南部では亜寒帯性針葉樹と冷温帯性落葉広葉樹の混交林が広がっており,約13.0 ka cal BP以降からミズナラを主とした冷温帯性落葉広葉樹林となったと考えられる。その後,約6.0 ka cal BP以降にはカシ類やシイ類を主とする暖温帯性常緑広葉林が拡大した。この暖温帯性常緑広葉樹林の成立した時期を比較すると,太平洋沿岸の肝属平野におけるクリ-シイ属の増加開始期は,国分平野よりも1,500年ほど先行する。この原因には,黒潮の影響を受けた肝属平野は他地域よりも温暖な気候条件であったからだと考えられる。一方,鹿児島湾奥の国分平野は黒潮の影響を受けず,比較的に冷涼な気候条件である。この気候条件の違いが,クリ-シイ属の増加開始期の時間差を生み出したものと考えられる。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390564238096054784
  • NII論文ID
    130007628405
  • DOI
    10.14866/ajg.2019s.0_126
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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