「兵庫瀬戸内」における漁業の維持機能

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タイトル別名
  • Function to maintain fisheries in the Seto Inland Sea within Hyogo Prefecture
  • 漁業者・系統団体・研究機関・行政

抄録

兵庫県の漁業は5トン未満の小型船による底曳網、船曳網、釣りなどの多様な漁船漁業とノリおよびカキに代表される養殖業からなる。2016年の県内漁業生産量約12.6万トンのうち、日本海側の漁業生産量は約1.4万トンであり、残りの約11.2万トンが瀬戸内海側の漁業生産量である。瀬戸内海側の漁業生産量のうち漁船漁業によるものが約4.3万トン、養殖生産量が約7万トンとなっている。このうち瀬戸内海側でおこなわれる冬季のノリ養殖業は基幹漁業へと成長している。しかし近年、色落ち問題が生じており、栄養塩類の多い豊かな海の再生に向けた取り組みが重視されるようになっている。2015年に改正された瀬戸内海環境保全特別措置法(いわゆる瀬戸内法)の第2条の2に、「瀬戸内海を豊かな海とするための取組を推進するための措置を講ずる」ことも明記された。県内の代表的な魚種であるイカナゴ、シラス(カタクチイワシの幼魚)、マダコなどの漁獲量も激減している。<br><br> こうしたなかで、地域の漁業環境について多くの在来(土着)の知識を有している漁業者自らが、漁場利用や資源管理に対して科学的知見を含めながら検討を開始している。<br><br> 家島諸島坊勢島における船曳網漁業者の中には、「獲りながら増やす」という漁業の可能性について考える者がいる。近年、主要な漁獲対象であるチリメンの漁獲量も減少しており、そのことがイカナゴへの漁獲圧の上昇にもつながっているという。そこで、イカナゴ漁に対して休漁日を増やす措置を考えている。さらに特定の場所を禁漁にするいわばローテーション方式による漁場利用を試みようとする提言もなされている。なお、豊かな海を取り戻すために「漁師でしか見ることができない海の光景や、操業時に体験した海の変化、獲れる魚の変化といった話をするだけでも、海の現状や海にとって何が大事なのかを伝えることができると考えている」という漁業者の発言を理解するために漁業地理学研究者は時間を惜しんではならないであろう。<br><br> 2018年、マダコの「付き場」で漁獲量の急落を経験した明石市林崎の底曳網漁業者は、夏場の休漁日を増やすことが、「資源を、残しながら有効活用する方法」と考えてきた。マダコは周年漁獲されるが、盛漁期は5月から9月にかけてである。秋産卵型と春産卵型があり、これまでの漁業の経験から、秋産卵型のマダコが盆明け頃から産卵準備に入ると考えられるため、この時期に休漁することが産卵親魚を多く残すことにつながると仮定した。そこでマダコの成長状況を知るために、所属漁協の販売データ(2015年から17年にかけての5~7月のデータ)を入手し、マダコのサイズごとの販売数量、販売金額を集計し、分析を試みた。その結果、①盛漁期の初め頃には前年の秋生まれを漁獲し、7月頃から春生まれを混獲すると考えられること、②春生まれの小型のタコがでてくる7月以降はこれらに急激な成長がみられることが確認された。以上のことから、①小型のタコがでてきた後には、現在以上に休漁日を増やすことが資源の効率的な利用になると考えられる、②秋生まれのタコは5月頃から長期にわたって漁獲対象となっているが、8月下旬から産卵行動に徐々に入る状況が読み取れるため、この時期に休漁日を設けることが秋に産卵する親ダコを残すことになり、資源の持続的な利用につながる可能性がある、の2点が提言された。漁業者自身が「夏場の休みを増やすことが資源の維持と効率的利用につながる」と考えていたことが、統計データからも裏付けられたのである。本事例でも漁業者が、在来知と科学的根拠をもとに漁場利用と資源管理を分析している。そのことは漁業地理学者に対して、従来おこなってきた調査研究がいかなるポジションに定位できるのか、新たな調査方法論を展開する必要はないのかなど、多くの課題を提示していることも付言しておきたい。<br><br> 兵庫県においてこのような漁業者自身による資源に対する分析が積極的に提示されるようになった背景には、浜のリーダーを育成するために2005年に開設された教育機関「大輪田塾」の存在が大きい。報告ではこの大輪田塾を取り上げ、塾の内容や活動を通じて形成されてきた、漁業者と漁業関係諸団体、行政との関係の拡大、および大輪田塾を通じて生みだされる「兵庫瀬戸内」における漁業の維持機能について考察したい。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390564238096057344
  • NII論文ID
    130007628481
  • DOI
    10.14866/ajg.2019s.0_173
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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