ゲージ・重力対応で探る強相関系の非平衡物理学(交流)

  • 中村 真
    中央大学理工学部物理学科:東京大学物性研究所

書誌事項

タイトル別名
  • Gauge/Gravity Duality and Nonequilibrium Physics(Interdisciplinary)
  • 交流 ゲージ・重力対応で探る強相関系の非平衡物理学
  • コウリュウ ゲージ ・ ジュウリョク タイオウ デ サグル キョウ ソウカンケイ ノ ヒヘイコウ ブツリガク

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抄録

今から100年あまり前,アインシュタインは特殊相対性理論,ブラウン運動,光電効果の理論を立て続けに発表した.特殊相対性理論はその後一般相対性理論に発展し,重力の基礎理論としての地位を確立した.またブラウン運動の理論はその後の非平衡物理学の先駆けとなった.この奇跡の年から100年あまりが経過した現在,超弦理論を通じて一般相対性理論と非平衡物理学が思わぬつながりを見せ始めている.このつながりの主役はゲージ・重力対応,あるいはAdS/CFT対応と呼ばれる対応原理である.この対応は超弦理論の枠内で開発されたが,本稿の主眼は,この対応を通じて非平衡統計物理学の問題を一般相対性理論と弦理論の枠内で解析することにある.非平衡統計物理学の構成は,現代物理学における挑戦的問題の一つである.なぜならば,平衡系においてカノニカル分布を導くような基本原理が非平衡系では成立せず,粗視化後の巨視的物理量の期待値を計算・解析することが非自明となるためである.平衡系に外力を加えて非平衡系を構成する際に,平衡からのずれを外力による摂動で扱う線形応答理論は非常に成功を収めている.しかし,非線形領域における物理や,そもそも摂動的解析が不可能な外力の非摂動効果の問題は依然として難しい問題である.本稿では,特に非平衡定常状態に注目し,その線形応答を超えた領域の物理をゲージ・重力対応を用いて重力理論に置き換えて解析する.重力理論に置き換える利点は,重力理論では粗視化のプロセスが自動的に行われる点にある.従って,非平衡系の分布関数を導出する困難を回避し,巨視的物理量の期待値を直接得ることが可能となる.具体的には,定常電流の流れる伝導体で構成した非平衡定常系における非線形電気伝導の問題,非平衡定常状態のみで見られる非平衡相転移の問題,また非平衡定常系の有効温度の問題を取り上げる.強相関絶縁体では,多くの系で負性微分電気伝導が見られるが,本稿では負性微分電気伝導をゲージ・重力対応の枠内で微視的理論に基づいて構成し,その発現メカニズムのヒントを探る.また負性微分電気伝導に関連した相転移をゲージ・重力対応で解析し,二次相転移点における臨界現象について言及する.さらに,これらの非平衡定常系における揺動と散逸を関連づける有効温度の概念が重力理論側から自然に現れることを紹介する.これらの現象を重力理論による記述に移すと,ブラックホール時空中の高次元膜の古典力学として見ることができる.また有効温度は,流体中の音波の振る舞いで考案されているアナログ・ブラックホールの物理と深く関連する.本稿は,特定の研究分野の紹介というよりも,物性物理から一般相対性理論,素粒子理論までの理論物理学を縦断し,ゲージ・重力対応をキーワードとして物理学の新たな方向性を探ることを目指している.この方向での研究が秘める可能性と限界について,読者と一緒に考えていきたい.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 70 (7), 510-518, 2015-07-05

    一般社団法人 日本物理学会

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