ルームシェアで最期を迎える

書誌事項

タイトル別名
  • Sharing a Room as a Final Place
  • ルームシェアで最期を迎える : 神奈川県藤沢市UR住宅の小規模多機能ホーム〈ぐるんとびー〉の取り組みから
  • ルームシェア デ サイゴ オ ムカエル : カナガワケン フジサワシ UR ジュウタク ノ ショウキボ タキノウ ホーム 〈 グルントビー 〉 ノ トリクミ カラ
  • A Case Study of End-of-Life Care in "Guruntobi," a Small-type Multi-function Facility
  • 神奈川県藤沢市UR住宅の小規模多機能ホーム〈ぐるんとびー〉の取り組みから

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抄録

<p>本稿の目的は、自宅で看取るという伝統的な「看取り文化」は既に失われている現代日本において、医療・福祉・介護の専門家だけでなく本人や家族、友人、近隣の人たちとのかかわり合いの中で「看取り文化」が生成される可能性について描き出すことである。欧米社会では高齢者の大型施設への批判からAging in Place(住み慣れた場所でいつまでも)という概念が生まれた。これは、高齢者の症状別施設の間での転居をなくし、居住空間の変化やサービス提供者の変化によるストレスを回避することを意味している。さらに、この概念には高齢者を介護の対象者という一方的な受け身の存在から、暮らしの場で生き生きと生きる主体へと変換することが内包されている。これらの動きを受けて、厚生労働省はAging in Placeを基盤として地域包括ケアシステムという政策を掲げている。Aging in Placeの理念に共通性を見出せる、神奈川県藤沢市のUR住宅内に開設された小規模多機能型居宅介護施設〈ぐるんとびー〉は、高齢者のやりたいことを応援し、高齢者が生きる主体を取り戻すことを前面に押し出している。〈ぐるんとびー〉は利用者の老老介護の限界と経済的負担に対処するためにUR住宅のルームシェアという方法を採用する。本稿はルームシェアに至るまでのプロセスとその後のプロセスを追い、高齢者本人と家族、そこにかかわるスタッフとの間にある葛藤とそれへの対処の仕方を描き出し、そこから見出したケアの連続性とあいまい性、最期を迎える場所の選択と居住空間について検証している。なかでも、高齢者が最期を迎える場所には本人や家族の歴史や本人とかかわる人たちとの関係性が埋め込まれているという「場所性」の議論に着目することで、「看取り文化」の生成の可能性について考察している。</p>

収録刊行物

  • 文化人類学

    文化人類学 84 (3), 314-330, 2019

    日本文化人類学会

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