高速回転する流体――クォーク・グルーオン・プラズマの渦度

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タイトル別名
  • Fastest Swirling Fluid ― The Vorticity of Quark-Gluon Plasma
  • コウソク カイテン スル リュウタイ : クォーク ・ グルーオン ・ プラズマ ノ ウズド

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抄録

<p>ビッグバン数マイクロ秒後,宇宙はクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)と呼ばれる物質で満たされていたと考えられる.物質の基本構成要素であるクォークは通常核子などのハドロンに閉じ込められているが,量子色力学(QCD)によると,高温または高密度下ではその閉じ込めから解放され,クォークとグルーオンのプラズマ状態になる.QGPの性質やハドロンからの相転移機構は十分には理解されておらず,これらを解明するためのアプローチが高エネルギー原子核衝突実験である.</p><p>現在,米国BNL国立研究所やスイスとフランス国境にある欧州原子核研究機構において,巨大加速器を用いて光速近くまで加速した原子核同士を衝突させる実験が行われている.衝突により作り出される物質の温度は数兆度(太陽中心温度の数十万倍高い)に達し,エネルギー密度はQGP生成に必要な密度の5倍以上であることが測定からわかっている.これまでの実験結果と理論計算との比較により,QGPの粘性(正確にはエントロピー密度で割った粘性比)は非常に小さく,気体というより完全流体に近いことが判明している.</p><p>原子核衝突により生成されるQGPは回転していると理論的に予測されてきたが,実験的証拠はこれまでにない.QGPが回転している場合,これまでの実験結果の解釈に影響を及ぼす可能性もあり,また原子核衝突のモデル,特に初期条件を決める上でも重要な要素となる.QGPが回転しているという描像は,衝突する2つの原子核が反対方向へ移動するために,衝突関与部が角運動量保存のために回転を続けようとすることからくる.この軌道角運動量は,反応平面に垂直な方向を指す.衝突で作り出される物質が軌道角運動量を持つと,スピン–軌道相互作用によって生成粒子のスピンが偏極すると予測される.また,回転による効果とは別に,衝突する原子核内に含まれる陽子の電荷の移動により,反応平面に垂直な方向に強磁場が発生する可能性が指摘されている.磁場によるスピン偏極の場合,磁気モーメントの符号の違いにより,単純な軌道角運動量の効果とは違い,粒子と反粒子間では偏極方向は反対になる.強磁場が存在すると,QCDの非自明な真空構造から,強い相互作用の持つ基本的な対称性の一つであるカイラル対称性に関する様々な新しい現象が誘起されると予測されており,興味深い研究対象である.</p><p>粒子のスピン測定は,ハイペロン(sクォークを含むバリオン)の崩壊を利用することで可能である.ハイペロンはバリオンと中間子等へ崩壊するが,弱い相互作用による崩壊ではパリティが保存せず,崩壊バリオンの運動量ベクトルとハイペロンのスピンに相関があることが知られている.</p><p>BNL-STAR実験では,金原子核衝突データを用いて,ラムダ粒子のスピン偏極測定を行った.核子対あたりの衝突エネルギー√SNN=7.7–200 GeVにおいてラムダ粒子のスピン偏極が初めて測定された.この結果は衝突で作られた物質が回転していることを実験的に示す証拠である.局所的熱平衡の仮定のもとで,スピン偏極から渦度を計算するとω~1022 s-1となった.この値は大きさのスケールは違うものの,これまでに観測されたどの渦度よりも速いことが判明した.また,ラムダ粒子と反ラムダ粒子は,実験誤差の範囲で有意な差は無いが,系統的に反ラムダ粒子のシグナルが大きいように見える.これは初期の磁場による偏極の可能性を示している.STAR実験は,今年からビーム走査実験IIを開始しており,アップグレードされた検出器で高統計データを収集し,スピン偏極の詳細測定および磁場効果の検証を行う予定である.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 74 (10), 727-732, 2019-10-05

    一般社団法人 日本物理学会

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