微量微粒子修飾がもたらすグラフェンのトポロジカル絶縁体転移

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タイトル別名
  • Topological Insulating States in Graphene with Low-Amount Nanoparticle Decoration
  • ビリョウ ビリュウシ シュウショク ガ モタラス グラフェン ノ トポロジカル ゼツエンタイ テンイ

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抄録

<p>近年各種トポロジカル絶縁体(TI)の研究が盛んである.TIではスピン軌道相互作用(SOI)により試料バルク部でエネルギーギャップが開く一方,非TI物質や真空との界面ではこのギャップは消失し,フェルミ準位位置に界面状態が生じる.時間反転対称性により後方散乱から保護されたこの状態中を流れる反平行な電子スピン対からなるスピン流の2端子抵抗値は,不純物・欠陥など試料固有の散乱要因に依らない定数(量子抵抗RQ=h/e2の1/2)となる.この電子スピンは量子コンピューティングにおいて問題になる位相の崩れやエラーからも保護されると考えられ,量子ビットへの応用も期待されている.</p><p>二次元TIではバルクギャップが開く一方,試料エッジ(外周)に沿って上記反平行スピン対(Kramers二重項)が対向しながら走行するヘリカルエッジ状態が出現し,抵抗RQ / 2を持つ量子スピンホール効果(QSHE)が観察される.ヘリカルエッジ状態は一次元系で外部印加電場・磁場による制御が容易なため,そのスピン流は,三次元TIよりもスピン素子応用に適している可能性がある.</p><p>三次元TIはBi2Te3などこれまで多く研究されてきたが,高品質なエッジを持つ二次元結晶の作製が困難なこともあり低次元TIの報告例は少なく,HgTeやInAs/GaSbの量子井戸中の半導体二次元系が主であった.しかしここ数年,二次元原子層で,室温を超える巨大バルクギャップや高温(100 K)でのQSHEが確認され関心を集めている.一方,グラフェンは軽元素炭素からなり面直方向の対称性も高いためSOIを本来持たないが,TIが理論上初めて予言されたのはSOIを有する仮想的グラフェンであった(2005年Kane & Mele).以降,多数の理論が提案され,検証実験も多くなされてきたが,グラフェンの電子状態は表面の汚染・欠陥などに極めて敏感で,これまで明確なQSHEの報告はなかった.しかし,原子一個の薄さの二次元軽元素物質にSOI導入が可能か,という命題の検証や,特異的に均一なディラック電子状態を持つグラフェンならではのTI状態を探索することは依然興味深い.</p><p>中でも,グラフェン表面の重元素修飾は過去多くの理論が提唱されてきた.特にWu,Aliceaらのグループは,重元素原子でグラフェン表面を被覆率僅か1%程度でランダムに修飾すると,重元素とグラフェン間のトンネル電流の影響が均一なディラック状態により面内に広がり,200 meVを超えるSOIギャップが導入され,安定なQSHEが出現することを算出している.</p><p>この超微量修飾法は汚染・欠陥の導入を防ぐ上で大変実用的であるため,筆者らはBi2Te3微粒子をグラフェン上に修飾し,この理論の検証に挑戦した.その結果,原始的ではあるが「医療用ナノ針」を使う方法を開発し,グラフェン表面への欠陥・汚染導入を避けつつ,被覆率僅か3%程度でBi2Te3微粒子を表面に分散し,微粒子のdf 電子軌道とグラフェンのディラック状態間の良好な化学結合を形成することに成功した.この試料においてフェルミ準位をディラック点に整合させた場合,QSHE特有のRQの分数倍の抵抗ピーク値が出現することを見出した.また,抵抗の温度依存性やトンネル顕微鏡による電子状態密度の観察,微粒子を想定したシミュレーションもSOIギャップとQSHEの出現を支持し,約1×6 μm2にわたって約20 Kの高温まで二次元TI状態が存在していることを立証した.</p><p>Kane,Wuらの理論を実証し,強い化学結合を実現すれば僅か3%程度の微粒子被覆率でもグラフェンはTIになる可能性を見出した本実験の意義は大きい.本来グラフェンの持つ強いスピンコヒーレンスと相まって今後更なる展開が期待できる.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 74 (12), 839-844, 2019-12-05

    一般社団法人 日本物理学会

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