体験を語り始める

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タイトル別名
  • Starting to Narrate His/Her Experience as a "Hibakusha"
  • タイケン オ カタリ ハジメル

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抄録

本稿は,原爆体験者たちがその後の人生を生きる中で,どのように原爆体験を語り始めたのかについて検討したものである。これまで原爆体験の語りが社会文化的側面から分析された場合,政治やナショナリズムと関係づけられてきたが,本稿では,体験者それぞれのライフストーリーにおけるアイデンティティに注目した。その上で,語り始めた理由について,体験者の個人的要因と環境的要因の 2 つの要因に注目して語りを分析した。その結果,被爆による心身への影響と体験を語り始める時期はゆるやかに相関しており,原爆がアイデンティティに混乱をもたらした程度が大きいほど,語る時期が早くなる傾向が見出された。また,語り始める時期の違いによって,それぞれに異なる 4 つのタイプの語りが存在することもわかった。すなわち,1950 年代に語り始めた体験者に特徴的な《被害者としての自己の語り》,1960 年代~1970 年代における《被害者ではない他者への語り》,1980 年代における《被害者である他者のための語り》,1990 年代以降における《次世代のための語り》である。これらは,それぞれの時期の特徴―時代性,体験者のライフステージ,体験者をとりまく社会的環境―を反映しながら聞き手との対話の中で生じたものである。すなわち,原爆体験を語り続けることは,体験者が新しいアイデンティティを見出し,原爆の語り手―被爆者―としての自己表現を獲得する過程である。

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