走査型トンネル顕微鏡と原子間力顕微鏡の融合による単一分子の振動分光

書誌事項

タイトル別名
  • Vibrational Spectroscopy of a Single Molecule by Combining Scanning Tunneling Microscopy and Atomic Force Microscopy
  • 最近の研究から 走査型トンネル顕微鏡と原子間力顕微鏡の融合による単一分子の振動分光
  • サイキン ノ ケンキュウ カラ ソウサガタ トンネル ケンビキョウ ト ゲンシ カンリョク ケンビキョウ ノ ユウゴウ ニ ヨル タンイツ ブンシ ノ シンドウ ブンコウ

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抄録

<p>表面に吸着した分子の振動エネルギーは,分子と表面との間の結合の強さに依存する.従って,振動エネルギーの測定は,分子と表面との相互作用の理解へと繋がり,ひいては表面でおこる応用上重要な触媒反応やエピタキシャル成長の理解へと繋がる.このような理由で,表面に吸着した分子の振動は,表面に関連する研究において重要な研究対象となっている.代表的な振動エネルギーの測定法は,多数の分子が一様に吸着した表面に,電子線やヘリウムビームを入射し,そのエネルギー損失を測定するというものである.このような測定では,ビームが入射する領域の平均的な振動情報が観測される.一方で,分子の振動エネルギーはその周囲の環境に依存することが知られている.従って,分子の振動エネルギーを精密に議論するためには,単結晶表面上に孤立して存在する,しかも,その周囲の状態が良く規定されている単一分子が理想的な研究対象となる.そのような単一分子の振動分光を可能にするのが走査型トンネル顕微鏡法(Scanning Tunneling Microscopy, STM)を用いた非弾性電子トンネル分光(Inelastic Electron Tunneling Spectroscopy, IETS)である.IETSは,電子が電極間をトンネルする際に,分子の振動モードを励起する過程を利用した分光法であり,振動エネルギーに対応する電極間電圧において生じる電流電圧特性の変化から計測される.これまでの研究で問題となっていたのは,IETSの強度が探針によってばらつく,また,探針から分子への力の影響で振動エネルギーが変化するという点である.</p><p>このような探針に依存した問題を解明するため,STM-IETSに原子間力顕微鏡法(Atomic Force Microscopy, AFM)を組み込んだ研究を,ドイツRegensburg大のFranz J. Giessibl教授との共同研究として2014年から開始した.ここで使用するAFMは水晶振動子を力センサーとして用いたものであり,カンチレバーの変位を自己検知できるので,装置をシンプルにでき,極低温での実験やSTMとの融合が容易という利点がある.更に,AFMでは,(1)探針先端の幾何学的な構造を把握できる,(2)探針分子間にはたらく二次元的な力場を測定できる,という利点もある.我々は,AFMを用いる(1)(2)の利点に着目し,表面科学において典型的なシステムとして採用される金属表面上の一酸化炭素(CO)分子を対象とし,STM-IETSにおける探針の影響を調べた.そして,探針先端の原子数が1個のときに分子を電流が流れやすくなりSTM-IETSの強度が大きくなること,振り子の動きに対応する振動のエネルギーが探針からの引力の増加に伴って大きくなること,その変化が古典的なモデルで説明できることを見出した.</p><p>このようなSTM-IETSにより得られた実験結果の理解と探針分子間相互作用の理解が本研究の一つの目的である.一方で,金属表面上のCO分子というシンプルかつ標準的な系に対し,その振動状態や流れるトンネル電流,探針分子間の相互作用を,STMとAFMによりどこまで精密に測定できるか,そして理論によりどこまで説明できるか,その極限を追求するという技術の向上も重要な目的となっている.本研究により培われた技術を,例えば超伝導探針を分子のごく近傍まで近づけることで起きると期待されるエキゾチックなトンネル過程に適用することが将来的な展望である.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (5), 279-283, 2020-05-05

    一般社団法人 日本物理学会

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