重症心身障害児(者)の医療における同意について

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抄録

医的侵襲を伴う医療行為を行う場合、患者の治療を目的とする反面、危険性を孕むので、事前に当該医療行為について患者の同意が必要となる。患者の同意は、医師にとっては医療行為の違法性阻却事由(適法化要件)であるが、患者にとっては、自らの生命や身体に関する自己決定権の行使である。この自己決定権は、人格権に属しその一身に専属のものだから、患者は、医療の一方当事者として、その同意により受ける医療内容を決定するということになる。医師は、その専門性に鑑み、患者に対し、その同意の前提として、患者の病状、治療目的のための医療行為の必要性、医療処置の内容、付随する危険性、他に選択可能な治療方法があるときにはその内容と利害得失等を説明する義務を負担する。 生命、健康に関する自己決定権を適切に行使(同意)するには、患者は、医師による医療行為の説明を理解し、その上で医療行為の同意または拒否を決定する能力を有することが前提となる。重症心身障害児(者)(以下、重障児(者))の場合、この能力を欠くか、その行使がきわめて困難な状況にある。患者が医療同意能力を欠く場合であっても、患者の同意に代わる制度は必要である。さもないと、医師が一方的に医療内容を決定することになり、患者の医療の一方当事者として立場が無視されかねないことになる。 「患者の同意に代わる制度」としては、患者に代わる何人かに同意権を付与する方法が考えられる。重障児(者)の場合、代理権を授権する能力もないであろうから、重障児(者)本人が何人かに医療同意をする任意代理権を付与する方法は考えられない。そして、医療同意の根拠が自己決定権である以上、自己以外の他人に同意権を認めるには、「自己決定権」を代替行使することを許容する法的根拠が必要である。現行法では、患者が未成年者の場合に、親権者または未成年後見人に医療同意権が認められている。親権者は、「子の利益のために子の監護~をする権利を有し、義務を負う。」(民法第820条)とされ、未成年後見人は、「第820条~に規定する事項について、親権を行う者と同一の権利義務を有する。」(民法第857条)とされており、監護権の行使ないし監護義務の履行として、親権者や未成年後見人の医療同意権の法的根拠が定められている。 しかし、成年者の重障児(者)の場合には、かかる法律上の根拠は準備されていない。 医療同意の問題が自己決定の問題である以上は、単に親族、近親者であるという理由だけからは医療同意権を認められないし、また重障児(者)に後見が開始されていても、その成年後見人に医療同意権は認められていない。また成年後見人の半数近くは親族から選任されている状況にある。医療実務は親族の同意で足りるとしているが、親族の同意を巡る問題はつとに指摘されている。 かかる現況では、医療同意権の問題は、誰に対し、いかなる場合に、どのような内容の同意権を付与する、ないし同意権付与に相当する決定をする制度を立法により定めるほかはないと考える。日本弁護士連合会による「医療同意能力のない者の医療同意代行に関する法律大綱」(2011年12月15日)もこの見地から提案されたものと考えられる。 ただ、かかる立法のない現在でも、医療同意がないゆえに医療同意能力のない者が医療を受けられない事態は許されない。医療同意は、患者側の医療の開始、医療内容の選択、決定の問題である。したがって、医療提供者側の工夫(複数の者による判断、記録、事後の公開の担保、医療チームの合意等)は必要なものであるが、それはいずれも医的侵襲を行う立場の工夫であるから、医的侵襲を受ける患者の立場に立つ医療同意の代替物たり得ない。 重障児(者)のように医療同意能力のない者の医療同意に代わる制度の在り方は、なおこの問題に関わる患者、家族、医療スタッフの経験の積み重ねの中から今後も議論されるべきことである。この点、現行法の下では、事務管理の制度(民法第697条以下)が指標になると考えられる。事務管理とは、「義務なく他人のために事務の管理を始め」ることである。重障児(者)には診療契約締結能力がないから、成年後見人が選任されていない場合、医師は、診療契約が締結されていない状態で医療行為に着手することになる。すなわち、医師は、「義務なく他人(診療契約締結能力がなく、診療契約が締結されていない患者)のために事務の管理(治療行為)を始め」ることになる。この事務管理の在り方は、「最も本人の利益に適合する方法」(民法第697条第1項)によるべきものとされ、また「管理者(医師)は、本人(患者)の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理(医療行為)をしなければならない。」(民法第697条第2項)とされている。もっとも、上記の後者、本人の意思ないし推知される意思に従うことは、重障児(者)の場合は希有であろうから、結局「最も本人の利益に適合する方法」を医療者のみならず患者家族側の意向を斟酌して、模索していくことになると思われる。

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