熱電応答理論の最近の発展とその応用

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  • Recent Development of Thermoelectric Response Theory and Its Applications
  • ネツデンオウトウ リロン ノ サイキン ノ ハッテン ト ソノ オウヨウ

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抄録

<p>物質の両端に温度差を与えると起電力が生じる非平衡現象,いわゆるゼーベック効果が発見されたのは今から約200年前(1821年)のことである.ゼーベック効果の発見により,ボルタの電池(1800年に発明)では実現困難であった「定常的な起電力」を発生させることが可能となり,1827年にはゲオルク・オームがゼーベック効果を利用することで「オームの法則」を再発見した(余談であるが,オームの法則はヘンリー・キャヴェンディッシュによって1781年に発見されていたことが後に明らかとなった).19世紀後半になると,化学電池の研究開発が急速に進んだことで,ゼーベック効果の役割は限定的なものになったが,時を経て21世紀の今日,ゼーベック効果による熱電発電はIoT社会(モノのインターネット社会)を実現するための自立電源として再注目されている.そのような中,最近,この熱電発電技術を支える学理「熱電応答理論」に,以下に述べるような目覚ましい進展があった.</p><p>これまで,様々な物質の熱電応答がボルツマン方程式を用いて研究されてきたが,今後,ボルツマン方程式では議論しきれない領域“beyond Boltzmann”での新しい熱電応答を探索し,従来の予測を超えた高性能な熱電物質を発見するためには,微視的な線形応答理論によるほかない.電気伝導に関しては久保理論によって徹底的に研究がなされてきたが,熱電応答の線形応答理論としてはLuttinger理論があるものの,電気伝導と比べると発展は随分と遅れている.その主な理由は,熱電伝導率(温度勾配によって生じる電流の流れやすさを与える応答関数)が「力学量である電流」と「熱力学量である熱流」という質の異なる量の相関が問題になるため,立場によってはすっきりしない要素があったためである.しかし,この状況を克服しない限り「熱電研究の精密科学化」は期待できない.</p><p>上述のように,Luttinger理論によると熱電伝導率は電流–熱流相関関数で与えられるが,電流と違って熱流には様々な種類があるために,Luttinger理論を用いたこれまでの研究は熱流の種類ごとに個別に調べられてきた.最近,著者らは固体物理における一般的なハミルトニアンを用いて熱流の具体的な表式を整理した.さらに熱電伝導率と電気伝導率の関係を与える「ゾンマーフェルト・ベーテ(SB)関係式」の成立範囲を明らかにした.</p><p>ここではbeyond Boltzmannの例として,「乱れた電子系」の熱電応答を2つ紹介する.1つ目は「不純物ドープされた半導体的なカーボンナノチューブ(s-CNT)におけるバンド端エンジニアリング」,2つ目は「FeSb2での不純物帯に伴うフォノンドラッグによる巨大ゼーベック効果」である.前者はSB関係式が成立する場合,後者は成立しない場合である.s-CNTは,窒素をs-CNTに置換型ドープすると,乱れの影響が大きい伝導バンド端近傍でパワーファクタ(熱電出力の性能指数)が最大となる,すなわち,バンド端近傍の電子状態制御(band edge enginnering)がs-CNTの熱電性能を向上させる要であることが明らかとなった.一方,後者のFeSb2は,乱れの強い不純物バンド存在下での「フォノンドラッグ」に由来して,巨大なゼーベック効果が出現することが明らかとなった.</p><p>以上で説明した熱電応答理論の発展により,熱電応答の学理がさらに深化し,熱電物質開発が飛躍的に進展することを期待する.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (4), 202-207, 2021-04-05

    一般社団法人 日本物理学会

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