重症心身障害児者の医療における同意について

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抄録

当職は、一弁護士であり、医療同意の問題について研究したことはありません。家庭裁判所から成年後見人に選任され、その実務の中で、何回か手術の前に医療同意を求められた経験があるだけです。「重症心身障害児者」という言葉自体、今回初めて知った者です。それ故に、ここでもこの学会での議論とかみ合わない、あるいは見当違いのことを述べるかもしれませんが、この点ご容赦願います。にもかかわらず、この拙文を呈するのは、医療従事者が直面している重症心身障害児者への医療行為に対する同意の問題と、成年後見人の行為が真に成年被後見人の意思、利益にかなっているかの問題が関連していると考えるからです。重症心身障害児者も成年被後見人(以下、本人)も、障害の故に判断能力を欠く常況にある点で共通した立場にあります。係る常況にある本人のために、医師は、医療行為を、成年後見人は、財産管理、療養看護のための行為(契約等)を、それらの行為の必要性、手段の相当性を吟味して、本人の最善の利益を目指して行うところも共通します。ただ、成年後見人の場合、法定代理権が与えられており、前記の契約等を本人に代わって判断できるので、「同意権者の資格、同意能力」の問題は生じませんが、医療行為の場合には、患者のために「本人以外の何人」から同意を得れば、その医療行為が許容されるのかということが問題になります。そもそも医療行為の多くは身体への侵襲を伴うので、患者は、その自己決定権に従い、医師から説明を受けて、自らの身体に対する侵襲を承諾することになります。医療行為への同意は、医的侵襲を伴う行為について違法性を阻却する事由になり、逆にこの同意を欠く医療行為は、違法ということになります。この同意をなす能力は、自己決定権に基づく以上は、患者が自己の状態、その医療行為(侵襲)の意義・内容及びそれに伴う危険性の程度について認識しうる能力と言われており、係る意味での同意能力を有しない者の同意は、無効ということになります。また、このような自己決定権、自己の身体に関する処分の自由の考えからすると、患者以外の家族の同意は、無効ということになります。親だからといって成年の子(障害の有無にかかわらず)の身体を処分する権限は無いはずです。将来、立法により法的な医療同意の権限を付与される者が定められたとしても、その者は、同意不同意の決定に際し、家族の意向は調査、尊重するべきですが、その家族の意向に拘束されないと考えられます。もっとも、日本弁護士連合会は、一定の場合には家族の同意により違法性がなくなる場合があるとしています。ただいかなる場合に家族の同意が許容されるかは個別具体的な状況の下での判断とし、慎重な検討が必要としています。この考え方に立っても、家族のいない同意能力を欠く患者の医療同意の確保の問題は残ります。医療同意の能力を欠く者は、ほとんどが成年後見に該当すると思われるので、成年後見人が医療同意権を有するとの立場もあります。しかし、現時点では、この立場で後見人実務は動いていません(未成年者後見人には同意権が認められていますが)。医療同意は、本人の身体に関する自己決定の問題と考え、他人である成年後見人は「自己」決定できないと考えるからだと思われます。他方で、成年後見人は、民法上本人の療養看護に関する事務をなすこととされ、診療契約を締結する権限もあります。同意の不在が医療拒否を招くべきではないし、医療確保の要請から、積極的に成年後見人に医療同意権を認めるべきであるとの考えが増えてきています。日弁連も、成年後見人に医療同意権を認め、死亡や障害の発生するおそれのある医療行為の場合については別機関による許可にかからしめるとの立場です。しかし、現在の成年後見人の構成は、50%近くが親族であり、親族以外の第三者後見人の職種が弁護士、司法書士、社会福祉士などであり、医療従事者が圧倒的に少ない現状に鑑みれば、成年後見人に医療同意権を付与するとしても、きわめて限定された範囲になるのではないかと思われます。 略歴 京都大学法学部卒業、地方自治体職員(生活保護ケースワーカー等)を経て、1995年京都弁護士会に弁護士登録。龍谷大学法学部非常勤講師(高齢者・障害者の人権ゼミ) 京都弁護士会 2011年度~2012年度 高齢者・障害者支援センター運営委員会委員 現在、高齢者・障害者支援センター運営委員会、人権救済基金運営委員会、所属。 京都市社会福祉協議会 日常生活自立支援事業契約締結審査会委員

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