長期人工呼吸管理の国内外の動向をふまえて

書誌事項

タイトル別名
  • チョウキ ジンコウ コキュウ カンリ ノ コクナイガイ ノ ドウコウ オ フマエテ

この論文をさがす

抄録

Ⅰ.はじめに 近年の重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))の呼吸ケアの最適化のコクラン・レビュー1)に「英国では、経済的および政治的な流れとして、重症児(者)が急性期病棟を退院し、地域でケアすることを進めている。先を見越した呼吸ケア、専門機関へのアクセスの改善、習熟したスタッフにより、適切に退院し、再入院を防ぐことができる。脆弱な重症児(者)が、公正なケアを受け、それが安全で効果的で、子どもと家族のQOLを高めるためには、エビデンスに基づいたアプローチが求められる。ケアが大変な家族に、これ以上効果が確認されていない呼吸ケアや専門的でない呼吸ケアで負担を増やしてはならない」と記載されている。 小児の呼吸の研究は 膵嚢胞線維症、脊髄性筋萎縮症、デュシェンヌ型筋ジストロフィーなど神経筋疾患が多く、重症心身障害児(者)の研究は少ない。このため、神経筋疾患のガイドラインやエキスパートの意見である「筋力低下の小児の呼吸ケアガイドライン」2)、「神経筋疾患の気道クリアランスに関する国際会議」3)4)を参考にして行うことが勧められる。 Ⅱ.対象・方法 当院に長期入院の重症児(者)106例の人工呼吸管理方法を調べる。 Ⅲ.結果 人工呼吸管理は、終日の気管切開人工呼吸3例、非侵襲的陽圧換気療法(noninvasive positive pressure ventilation=NPPV)15例(このうち終日5例、睡眠時10例)であった。鼻マスクが2例、他は口鼻マスクを使用していた。気管切開チューブ留置例は2例であった。気管切開は、当院で30年前に実施した1例以外は、NICUからの転院例、脳外科術およびイレウス術後例であった。NPPVは、気管挿管の抜管困難、睡眠呼吸障害、急性呼吸不全をきっかけに導入している。終日NPPVの1例では、経鼻エアウェイの中に細い管を留置して咽頭喉頭周囲の唾液の持続吸引を行っている。 終日NPPV使用者のうち、入浴時に酸素付加の手動換気は2例、鼻カニュラによる酸素投与は3例、顔色不良やSpO2低下時は手動換気補助を適宜行うのは5例であった。機械による咳介助(mechanical insufflation-exsufflation-MI-E)の定期的使用は、気管切開人工呼吸使用者で2例、気管切開チューブ留置使用者で1例であった。 Ⅳ.考察 NPPVの限界は、咽頭や喉頭の機能の低下や上気道の痙性により、咳介助によっても十分な咳が維持できない場合、NPPVを使用してもSpO2が95%を保てない場合であった。小児の長期NPPVは、熟練した専門多機能のセンターで導入・再調整が必要であると報告されている5)。最近、NPPVが睡眠呼吸障害を誘発することもあり6)、睡眠時にSpO2と経皮炭酸ガス分圧を測定して条件調整することが必要であった。 小児の在宅人工呼吸のガイドラインが、カナダで2017年に公表されている7)。米国の「小児の長期在宅気管切開人工呼吸ガイドライン」8)には、退院クライテリアが示されたが、本邦ではそれを満たす家族は限られると推察される。本邦には、成人にも小児にも在宅人工呼吸のガイドラインはないが、「小児の在宅人工呼吸マニュアル」(日本呼吸療法医学会)が2017年に公表された。これは、ガイドラインの作成には、エビデンスの高い報告や自国の報告に基づいて委員会の意見を総合する必要があるが、現時点では困難と考え、マニュアルにした経緯がある、本邦の長期人工呼吸管理は在宅だけでなく、病院や施設に多く、複雑な様相を呈している。 このような事情をふまえ、ドイツの「慢性呼吸不全に対するNPPVと気管切開人工呼吸のガイドライン」の小児の項目から、重症児(者)の長期呼吸管理において共有したい部分を以下に抜粋する9)10)。「長期の換気不全を認める小児の疾患は複雑で多様な障害を持つ。しかし、疾患にかかわらず、人工呼吸は呼吸機能障害を正常化し、血液ガスを適正化し、睡眠を改善し、病理を軽減する。それにより、入院期間あるいは呼吸不全による体調不良期間を短縮し、死亡を減らし、QOLを促進する。 小児における慢性呼吸不全の診断は、肺活量や咳の評価などは正確にできないため、血液ガス(非侵襲的に経皮的な酸素飽和度や炭酸ガス分圧測定も含め)を測定する。ただし、呼吸の残存機能を測定できないため、ストレスがかかる状態(発熱、上気道炎、手術)で、代償機能が急速に破たんし、人工呼吸を要したり、条件調整を要することがある。 小児の長期人工呼吸は、成人と異なり、専門的な多科多職種が関わるセンターで行う。小児におけるNPPVや機械による咳介助への協調性の欠如は、経験あるセンターでは問題にならない。適応が的確で、好みに合わせて調整することにより、大半の子どもは治療の効果を得て耐容し、要求もする。子ども自身で訴えが改善することに気づくと、さらに受け入れが改善する。ただし、小児のNPPVの人工呼吸器の選択において知っておくことは、①筋力低下のある子どもではトリガー困難、②一回換気量が少なく、呼吸数や呼吸の深さが不規則、③覚醒時に睡眠時より高い換気補助を要する場合もあること、④睡眠のステージ、発熱、感染により換気補助の必要度変化、などである。また、NPPV使用者が成人へ移行する場合、境目なく専門性の高い熟練のすべてが引き継がれるようにする。 小児において、気管切開は発達の重大な障害となる。発語や嚥下の障害となり、緊密な観察やサポートを要する。日常の活動(水泳など)は非常に限られた環境でのみ可能で、幼稚園や学校に、質が保障された看護師の付き添いを常に要する。気管切開は、子どものボディー・イメージに明らかに影響し、周囲の関係者にかなりの負担となる。さらに、成人よりチューブ関連の緊急事態(チューブ閉塞、事故抜去、チューブから誤嚥や気管内異物)が頻回に起こる。このため、気管切開は、限られたものにすべきである。成人と同じく、気管切開は、あらゆるNPPVの選択肢を使い尽くした後にする。 気管切開の決定プロセスは、子ども、両親、セラピストの個人的考え、倫理、宗教的信念により形成される。進行性の基礎疾患や、発達の予後の見通しが好ましくない場合葛藤に発展する。医師にとって、苦痛を軽くするのでなく長引かせるかもしれないというジレンマが生じる。両親にとって、気管切開をしないと子どもの命に危険が差し迫っている場合、気管切開をしない選択は困難になる。そこで、臨床倫理委員会や緩和ケアチームの組み入れが、この手ごわく悩ましい決定プロセスの助けになる」。 ドイツには、在宅人工呼吸センター(ICUやウィーニング専門部門も含む)の認定制度がある。さらに、気管切開人工呼吸専門部門とNPPV専門部門を備えた新たな在宅人工呼吸センターの認定制度が提案されている。重症児(者)の擁護と家族や関係者のQOLに最も影響する専門呼吸ケアは、欧米先進国において経験と研究が蓄積されつつあることを認識し、真摯に取り組む必要がある。

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ