ブラックホール降着流における高エネルギー現象

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タイトル別名
  • High-Energy Phenomena in Accretion Flows onto Black Holes
  • ブラックホール コウチャクリュウ ニ オケル コウエネルギー ゲンショウ

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抄録

<p>2020年のノーベル物理学賞はブラックホールの存在を理論的に予言したペンローズ氏と,天の川銀河の中心部に太陽の400万倍の質量をもつブラックホールが存在することを観測的に示したゲンツェル氏とゲズ氏に与えられた.また,2019年にEvent Horizon TelescopeチームはM87銀河の中心にあるブラックホールの影の撮像に成功し,天の川銀河以外の銀河の中心部にも超大質量ブラックホールが存在することを示した.銀河内部の星間ガスがこれらの超大質量ブラックホールへと多量に落ち込むと,膨大な重力エネルギーが解放され,ブラックホールへ落ち込むガス流(降着流)は赤外線からX線で明るく輝く.このような天体を活動銀河核とよぶ.</p><p>ブラックホール近傍では降着流が10億度を超える高温状態となり,粒子同士のクーロン散乱が非効率な無衝突プラズマになる.そこでは粒子分布は熱的なマクスウェル分布から外れ,非熱的な高エネルギー粒子が存在できる.しかし,無衝突プラズマ中でのエネルギー散逸過程はよくわかっておらず,解放された重力エネルギーを熱エネルギーや非熱的粒子のエネルギーへと変換する過程はわかっていない.高エネルギーの陽子はハドロン相互作用を通じて高エネルギーガンマ線やニュートリノを放射するため,高エネルギー粒子信号を用いて無衝突プラズマ中でのエネルギー散逸機構を調べることが可能となる.一方,大規模実験により宇宙から降り注ぐ高エネルギー荷電粒子(宇宙線)や天体起源のニュートリノが検出されているが,その起源と生成過程は未解明であり,宇宙線・宇宙物理学領域の大問題となっている.ブラックホール降着流は天体高エネルギー粒子の新たな起源天体候補であり,そこでの高エネルギー現象を明らかにすることで宇宙線や天体ニュートリノの起源に迫ることができる.</p><p>ブラックホール降着流は磁気流体力学的に不安定であり,乱流が発達することが知られている.乱流のエネルギーはプラズマの運動論的効果によって散逸し,一部が宇宙線の生成に使われると考えられている.生成された宇宙線はより大きいスケールの乱流場と相互作用し,さらに高エネルギーへと加速されていくと予想される.加速された宇宙線陽子は背景物質と相互作用してガンマ線やニュートリノを生成する.我々はこの現象を定式化してブラックホール降着流から逃走するニュートリノとガンマ線の放射強度を計算し,それらがIceCube実験の天体ニュートリノデータを自然に説明できることを示した.また,近傍の活動銀河核から放射されるガンマ線とニュートリノは将来のガンマ線衛星計画やニュートリノ実験計画で点源として検出できるため,このモデルは手堅く検証可能である.</p><p>上記の研究では宇宙線と乱流場の相互作用を準解析的に取り扱ったが,それには多くの単純化が必要であり,その妥当性を検証する必要がある.粒子加速過程では乱流場の非線形発展と波と粒子の相互作用という非線形な現象が本質的であるため,数値シミュレーションによる研究が必要である.我々は磁気流体計算とテスト粒子計算とを組み合わせるという方法で降着流内部での粒子加速過程を調べ,降着流での粒子加速過程はエネルギー空間の拡散現象として表現できることも示した.</p><p>ブラックホール降着流での高エネルギー現象は,プラズマ物理,天体物理,素粒子物理など,様々な研究分野が絡んだ学際的研究である.今後の計算技術・観測技術・実験技術の向上によってさらなる発展が期待されている.将来の高感度のMeVガンマ線衛星と大規模ニュートリノ実験により,近い将来,天体ニュートリノの起源天体,さらに発見以来50年間にわたって謎である高エネルギー宇宙線の起源天体が明らかになる日が来るかもしれない.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (12), 778-783, 2021-12-05

    一般社団法人 日本物理学会

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