樹皮下穿孔性昆虫の寄生バチにおける寄主資源利用様式
書誌事項
- タイトル別名
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- Host-resource utilization of parasitoid wasps on subcortical beetles
- ジュヒ カ センコウセイ コンチュウ ノ キセイ バチ ニ オケル キシュ シゲン リヨウ ヨウシキ
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説明
森林内において衰弱枯死した樹木の樹幹内には様々な種類の昆虫が生息し,それを餌として複雑な捕食・寄生関係が成立している。しかしこれら樹木穿孔性昆虫の密度調節に関わる天敵生物,とりわけ寄生バチの役割については,これまでに行われた定量的研究に基づいた評価は少ない。その理由として,寄生バチそのものの生活史や寄生様式,寄主昆虫群集との相互関係がほとんど解明されていないことがあげられる。本研究は,マツ樹皮下に生息する穿孔性昆虫の寄生バチ2種(Atanycolus initiatorとSpathiusbrevicaudis)の飼育・調査法の改良を通して,その生活史を解明するとともに,視覚的に寄主を識別できないハチがいかにして樹皮下の寄主を発見し,子の餌として評価し産卵するのか,また野外における寄生バチの寄生行動に影響を及ぼす要因は何かを明らかにするための調査を行った。(1) 2種寄生バチの生活史および寄主探索行動(1) 2種の寄生バチはアカマツ・クロマツ枯死木の樹皮下に穿入するカミキリムシ科,ゾウムシ科,キクイムシ科の幼虫に寄生する,広食性の外部単寄生性のハチである。2種ともに野外における脱出は4月に始まり,断続的に11月まで続いた。7月から9月にかけては羽化成虫が採集されなかったが,これは樹幹内の寄主幼虫数が減少したことによると考えられた。また越冬個体は雄の方が雌より先に脱出する傾向があった。(2) 2機の卵から羽化までの発育は,ほぼ同様の経過をたどることが明らかになった。室内飼育における発育所要日数にも顕著な差はなかった。雌雄を比較すると, 2種いずれにおいても雌の方が発育に長い日数を必要とした。ハチミツ給餌した成虫の寿命は,2種ともに雌の方が有意に長かった。またA.initiatorでは,1年を通して飼育個体群の一部に休眠するものが認められた。(3) 2種の形態には明らかな差が認められた。とくに顕著なのは産卵管長であり,A. initiatorの産卵管は,S.brevicaudisのそれの3.7倍の長さであった。それぞれのサイズパラメータ(体長,頭幅,生重,産卵管長)間には明瞭な相対成長関係が認められた。(4) A.initiatorの室内産卵を従来の丸太を用いる方法から, 透明なスチロールケースに樹皮を固定する方法によって,雌バチの寄主探索行動をより詳細に追跡することが可能となった。A.initiatorの寄主探索行動は,aランダムな探索,b集中的な探索,C産卵管挿入,d寄主麻酔・産卵の4段階に分けることができた。雌バチは樹皮の亀裂などを利用して産卵管を樹皮下に挿入するが,産卵には多くのエネルギーと時間を要することが明らかになった。(2) 性比調節(1)一般に単寄生バチ類の多くでは,母親が寄主のサイズに応じた性比調節を行うことが知られており,この性質に関する理論的説明もなされている(寄主サイズモデル,Charnov et al.1981)。寄主の存在およびサイズをを視覚的に確認できない穿孔虫の寄生バチが,このような性質を持つかどうかを明らかにするための実験を行った。丸太を用いた室内産卵実験では,丸太内に最も多く存在したシラホシゾウ属幼虫に対する性比がA.initiatorでは雄に偏り,S.brevicaudisでは逆に雌に偏っていた。A.initiatorでは平均サイズの大きいクロコブゾウムシおよびヒゲナガモモブトカミキリに対する寄生率が高く,これらにおける性比はほぼ1:1であった。またA.initiatorのキクイムシに対する寄生は認められなかった。一方S.brevicaudisはキクイムシも利用しており,マツノキクイムシに対する性比はやや雌に偏っていた。(2)丸太産卵における2種寄生バチと主要寄主種において,寄主体サイズと寄生バチ羽化成虫体サイズ(いずれも生重)の間に有意な相関が認められた。2種いずれにおいても,相対的にサイズの大きな寄主種では雌雄の回帰係数に有意差が生じた。また同一寄生バチ種の寄主種間では回帰にほとんど差が認められなかった。またシラホシゾウ属に対する回帰は2種で大きく異なっており,S,brevicaudisでは飽和型曲線となった。(3)丸太産卵における2種寄生バチと主要寄生種の間に,寄主サイズにともなう寄生バチ羽化成虫の性比変化が認められた。A.initiatorではサイズの異なる2種の寄主において性比曲線に顕著な違いはなかったが,S.brevicaudisではサイズの小さいマツノキクイムシにおいて,急激な性比の低下がみられた。またこの性比変化は性依存的死亡によるものではなく,母親による性比調節の結果であることが,A initiatorを用いた実験で明らかになった。(4) 2種寄生バチおいて平均サイズの大きな寄主種では,寄主サイズの増加とともに寄主摂食率の低下が認められた。とくにS.brevicaudisとシラホシゾウ属の関係ではこの傾向が顕著であり,雌雄を比較すると,いずれの寄主サイズクラスにおいても雄の方が有意に低い値を示した。(5)寄主サイズモデルからの予測として,雌バチによる寄主サイズの大小の評価は相対的な基準にもとづいて行われると説明されている。本研究ではスチロールケースを用いた産卵方法によって,あらかじめ寄主サイズや寄主種を操作した土で雌バチに供試することが可能となった。そこで寄主サイズを3つのクラスに分け,そのうち2つのサイズを組み合わせてA.initiator雌成虫に与え,穿孔虫の寄生バチとしては初めて寄主サイズ評価に関する実験を行った。その結果寄主サイズに応じた性比の変化は認められたが,寄主サイズ評価の相対性を検討するにはデー夕不足であった。(6)寄主サイズに応じた性比調節が進化する前提条件として,体サイズと適応度の相関が雌雄で異なることがあげられている。A initiatorがこの条件を満たしているかどうかを確認するために,雌雄の体サイズといくつかの適応度要素の相関を調べた。その結果,雌では最も重要な適応度要素と思われる生涯産卵数と蔵卵数が体サイズと強い相関を持つことが明らかとなった。一方雄の交尾能力に関しては,サイズの大きな個体が交尾成功率は高いものの,1個体の雌をめぐって大小の雄が直接争った場合は,両者ともに交尾に成功する場合もあり,そのような場合は必ずしもサイズの大きな個体が有利とはいえなかった。また寄主サイズと発育所要日数の関係では,雄ではサイズの小さな個体において発育日数が有意に短かかった。したがって体サイズと適応度の関係は雄より雌の方が強く,寄主サイズモデルの前提条件をほぼ満たしていることが明らかとなった。(3) 野外枯死木における2種寄生バチの寄主資源利用様式(1)先の室内実験で明らかにされた2種寄生バチの繁殖戦略が,野外枯死木樹幹内の2種の関係にどのような影響を及ぼしているかを解明するために,野外における自然枯死木および伐倒木における寄主穿孔虫と2種寄生バチの時空間分布に関する調査を行った。自然枯死木では,樹幹直径によって穿孔虫の種構成が異なり,大径木ではサビカミキリが,小径木ではシラホシゾウ属が優占していた。寄主種構成の違いは2種寄生バチの優先度にも影響しており,寄主サイズが比較的大きな大径木ではA.initiatorが,寄主サイズの小さな小径木ではS.brevicaudisが優占する傾向にあった。しかしいずれの供試木においても,樹幹下部ではA.initiatorの密度が高かった。これは樹幹下部にサイズの大きな寄主が集中していたことと,樹幹下部の樹皮厚がS.brevicaudisの平均産卵管長を上回っており,S.brevicaudisの産卵が制限されたことが原因と考えられる。(2)自然枯死木の同一樹幹内において2種の利用した寄主サイズには明らかな違いがあった。また寄主サイズと寄生バチサイズの間には有意な相関が認められ,とくにS.brevicaudisとシラホシゾウ属の関係は,室内飼育個体で得られた回帰と同様の飽和型曲線となった。また寄主サイズと寄生バチ性比の関係は,S.brevicaudisとシラホシゾウ属の間では室内飼育個体と同じく,寄主サイズの増加とともに下がる傾向が認められたが,全体の性比はほぼ1:1だった。一方A.initiatorの性比はいずれの樹幹においても雄に偏っていた。(3) 1995年3月に伐倒した健全なアカマツをその後定期的に剥皮調査することにより,寄生バチと寄主穿孔虫の樹幹内分布の季節変化を調べた。伐倒の3ヶ月後まではハチによる寄生は全く認められず,これは樹皮下の穿孔虫幼虫の体サイズが,2種寄生バチの利用可能な大きさに達していなかったためと考えられた。しかし4カ月後には寄主幼虫のサイズが急速に増加し,それにともなって2種寄生バチの寄生も認められた。樹幹内ではS.brevicaudisが優占しており,シラホシゾウ属が寄主として最も多く利用されていた。樹幹内の寄主サイズは全体的に小さく,時間の経過によるサイズの増加も認められなかったため,S.brevicaudis優占の状況は最後まで変わらなかった。しかし,樹幹下部の厚皮部でのみA.initiatorの密度が高くなることが多かった。以上の結果を総合して以下の事項が示唆された。(1) 2種寄生バチの脱出消長および室内飼育実験から,2種はともに年5~6世代を経過し,世代が重複する可能性が高く,ほぼ同一の生活環を持つことが明らかになった。またA.initiatorの休眠生態は,野外個体群の性比の偏りに影響することが推察された。(2)
収録刊行物
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- 名古屋大学森林科学研究
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名古屋大学森林科学研究 17 75-140, 1998-12
名古屋大学農学部付属演習林
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390572174419925120
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- NII論文ID
- 120000975129
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- NII書誌ID
- AA11216674
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- HANDLE
- 2237/8558
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- NDL書誌ID
- 4677103
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- ISSN
- 13442457
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- 本文言語コード
- ja
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- 資料種別
- departmental bulletin paper
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- データソース種別
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- JaLC
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