フーコー<権力論>再考

書誌事項

タイトル別名
  • Rethinking Foucault's "Analytic of Power"
  • フーコー ケンリョクロン サイコウ

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説明

本稿では、ミシェル・フーコーの残した、<権力>の概念化に関わる諸々の理論的提言と、具体的な<権力> の記述-分析の成果とを、その<メタ理論的前提>との関連に着目して検討する。この作業により、フーコー<権力論>が旧来の権力理論とどのように異なっているかを明確にすると同時に、頻繁に見受けられるタイプの、フーコーに対する誤解を解く。特に本稿が批判の対象とするのは、主体=主観を、権力や社会的なものの起源・基礎として議論の起点に置くような、形而上学的な思考の枠組と、そこから生じたものと思われる類型のフーコーへの誤解である。本稿で、特に強調される主題的論点は以下の通り。即ち、フーコーにとって<主体>は、議論の始めに置かれるべきものではなく、それが歴史的に条件づけられた特定の<経験>からどのように構成されるかが問題にされねばならぬものだったのである。個々の主体に先だって、身体や建築物などのマチエールの配置や、歴史の中でその形態を変える、種々の実践の連関が存在するのであり、人間個体は、そうした諸関係の中で事後的に種別的な<主体>として構成されるのである。フーコーの<権力の分析学>は、そうした実践の連関の一つの相/次元であるところの、人間個体を取り囲み、貫通する諸力(諸作用) の関係を記述ー分析するためのものであった。つまり、特定の人間の存在形態の条件の方が、<権力>関係の分析を通して解明されねばならなかったのだ。

収録刊行物

  • 年報人間科学

    年報人間科学 15 35-52, 1994

    大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390572174758401792
  • NII論文ID
    110004746787
  • NII書誌ID
    AN0020011X
  • DOI
    10.18910/11505
  • HANDLE
    11094/11505
  • ISSN
    02865149
  • 本文言語コード
    ja
  • 資料種別
    departmental bulletin paper
  • データソース種別
    • JaLC
    • IRDB
    • CiNii Articles

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