褐毛和種子牛生産の収益性

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タイトル別名
  • A Study on Profitability of the Japanese Brown Calf Raising
  • カツモウワシュ コウシ セイサン ノ シュウエキセイ

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抄録

草資源に根ざした生産性の高い子牛生産こそ生産者の収益増大とともに,消費者により安価の牛肉を提供できる肉牛生産の基本方向であることはいうまでもない.本稿ではこのような認識に立って,放牧に適し増体量の優れた熊本県の褐毛和種を対象に,1976-80年までの子牛「生産費個表」を用い,その生産及び収益性の分析を行なうとともに将来への発展方向の模索を試みた.あわせて零細規模子牛生産農家の実態,規模の経済性及び計算期間についても分析した.分析結果は以下のとおりである.(1)現段階で規模拡大の傾向は鈍く,総じて零細規模である.全体的概況をみると,1971年から80年まで繁殖牛頭数は27.9%増加し,飼養戸数は一律的に減少した.1980年現在繁殖牛頭数63.5千頭,飼養戸数16.4千戸の水準で1戸当たり3.9頭の規模である.同期間において5頭以下の規模が戸数割合で90%以上を占めるのに対し,11頭以上は1%以下である.しかし,草資源が豊富な阿蘇郡を中心とする先進地域においてはかなり規模拡大が進み,1980年現在阿蘇郡平均1戸当たり5.2頭,同高森町は6.4頭規模である.(2)零細規模において飼養形態(放牧,舎飼い)及び土地利用区分(水田,畑作)の違いからの生産費及び収益性の格差はあまり大きくなかった.阿蘇町(水田+放牧),高森町(畑作+放牧),矢部町(水田+舎飼い)において1975年基準の5年平均値で第2次生産費は,阿蘇町347.1千円,高森町305.6千円,矢部町335.2千円であり,所得は阿蘇町33.9千円,高森町64.6千円,矢部町32.5千円であった.1日当たり家族労働報酬は1980年現在阿蘇町1.2千円,高森町1.1千円,矢部町2.4千円であった.阿蘇町及び高森町と矢部町の間に生産費及び収益性に大きな格差がない原因は,阿蘇町及び高森町の計算期間が矢部町より長いことと,子牛価格向上のため放牧地帯においても集約管理を図り購入飼料及び労働を多投する所にあることがわかった.(3)計算期間は経営者の飼養管理能力及び市場開設時期に依存する.計算期間は生産費分析上重要な概念であるが,このように質的・非経済的変数によって影響されるため,一方ではこれら質的要素の評価尺度になると同時に,他方では生産者の最適行動分析を妨げる攪乱要因にもなる.分析機関において計算期間の平均値は阿蘇町1.4年,高森町1.4年,矢部町1.1年であった.理想型の計算期間は1年である.(4)規模の経済性はその考え方として産出量規模の拡大にともなう費用上の利益と投入量規模の拡大にともなう収益上の利益及び「適者生存手法」に大別される.規模の経済性の統計的測定方法は多数あるが,分析の際その前提条件,問題点及び規模拡大の規制要因の把握が重要である.零細規模の子牛生産においても規模の経済性が存在することが立証された.1980年において最小費用点は4.6頭の348.1千円であった.(5)所得が子牛価格と生産費の比率と密接な関係にあることを実証した.子牛生産部門の収益性が他部門に比べ非常に低いことがわかった.子牛生産の1日当たり家族労働報酬は1980年水準で,黒毛和種,水稲,農業臨時雇賃金の約1/2,肥育牛の1/3,牛乳の1/4,温州みかん,常用労働者給与の1/5,はくさいの1/6であった.(6)自給粗飼料生産の家族労賃である,牧草・放牧・採草地に関する間接労働費を所得及び家族労働報酬に加算することによって収益性を修正し,零細規模子牛生産農家の存立理由を実証した.修正した1日当たり家族労働報酬は,5年平均値で修正前より3.8倍も増加した.粗飼料生産に大きく依存する子牛生産の収益性分析においては,子牛生産に直接関わる飼育労働費とともに粗飼料生産に要する間接労働費も所得及び家族労働報酬に計上すべきである.(7)発展の阻害要因としては子牛価格の変動,「サシ」による肉質評価,粗飼料生産基盤の貧弱,土地集積の困難性及び低資本蓄積力のような規模拡大規制要因が多いこと,市場開設回数が少ないこと等がある.将来への発展方向として子牛価格支持政策の拡充,「サシ」による肉質評価の見直し,粗飼料流通化の推進,草地開発及び維持管理への財政援助,市場機構及び流通組織の改善,子牛生産の地域システム化,入会権の調整等があげられる.

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