<論説>戦国大名尼子氏権力の形成 : 出雲国奉公衆塩冶氏の掌握と討滅

書誌事項

タイトル別名
  • <Articles>The Formation of the Power of the Sengoku Daimyo Amago 尼子 Family : The Control and Destruction of the Enya 塩冶 Family
  • 戦国大名尼子氏権力の形成--出雲国奉公衆塩冶氏の掌握と討滅
  • センゴク ダイミョウ アマゴシ ケンリョク ノ ケイセイ イズモノクニ ホウコウ

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説明

鎌倉期守護の系譜を引く室町期塩冶氏は、その基盤である出雲国最大の河川水運の要衝を確保して、特に出雲国西部において強大な政治的実力を有し、十五世紀末には杵築大社両国造家など周辺諸領主と結集して、自立性の極めて強い地域秩序形成を企図している。しかも塩冶氏は幕府奉公衆を務めており、京極氏の守護権がほとんど及びえない存在として、出雲国内において最も特徴的な位置を占めていたと言える。尼子経久は、このような性格と動向を示す塩冶氏について、十六世紀のかなり早い段階で実子興久に家督を継がせ、やがてこれを武力討滅することにより、その権力基盤と歴史的性格の大部分を継承し、一国支配権の確立に不可欠な出雲国西部における権力の浸透を実現している。本稿においては、大名としての尼子氏権力形成過程における最大の画期であると考えられるにもかかわらず、従来非常に軽視されてきた塩冶氏掌握の歴史的意義を明らかにしていきたい。

収録刊行物

  • 史林

    史林 76 (3), 346-378, 1993-05-01

    史学研究会 (京都大学文学部内)

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