「慰安婦」問題とポストコロニアル状況 : 「女性のためのアジア平和国民基金」をめぐる論争を中心に

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  • イアンフ モンダイ ト ポストコロニアル ジョウキョウ ジョセイ ノ タメ ノ アジア ヘイワ コクミン キキン オ メグル ロンソウ オ チュウシン ニ

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1. 問題意識 : 慰労金を受け取って不名誉に死ぬことより、慰労金を拒絶して名誉に死ぬことを選ぶのです。 / 日本全体をくれるとしても、わたしたちが死んだ後であれば、なんの意味があるのか。 / 民間基金であれ何であれ、お金のことじゃない、とにかく先決は謝罪問題。何年かかっても謝罪問題! オレ、100も生きるよ、くたばんない。生まれたかいがあるよ。生きたかいがある。オレは、心は汚れてねえ。 / 我々は年をとって死んでいく、どちらからでもいいの。まずは、お金をもらって使ってから死にたい。多数はこれだよ。他に意味はないのよ。ハJレモニたちの要求は無理じゃない。戦争、性暴力、日本の謝罪と賠償…。そんなことは知らない。しかし、日本のお金を受け取ることはできない。最後の自尊心があるんだから。 / 1993年8月「慰安所」に対する「軍の関与」を認め被害者に「お詫びと反省の気持ち」を表明した河野官房長官談話を継承するかたちで、1995年7月村山連立内閣のもとで発足した「女性のためのアジア平和国民基金」(以下国民基金)にかかわって多くの言葉たちが発信された。この言葉に対していかなる聞き取り方が求められているのだろうか。いま、改めて、このような問いを立てるのは、つぎの二点に関わっている。……

Journal

  • 人権問題研究

    人権問題研究 14 137-148, 2014-12

    大阪市立大学人権問題研究会

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