ベートーヴェンのピアノ・ソナタ Op. 106とハンス・フォン・ビューロー

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タイトル別名
  • Beethoven’s Piano Sonata Op. 106 and Hans von Bülow
  • ベートーヴェン ノ ピアノ ・ ソナタ Op.106 ト ハンス ・ フォン ・ ビューロー

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説明

本論は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンLudwig van Beethoven(1770~1827)のピアノ・ソナタの演奏史上で重要な人物であるハンス・フォン・ビューローHans von Bülow(1830~1894)に焦点を当て、彼がOp. 106の伝承・受容においてどのような位置にあったのかを考察するものである。Op. 106の受容の一端を明らかにすると同時に、その受容に大きな影響を及ぼしたと考えられる「ロンドン原版」の重要性を明示することを目的としている。Op. 106は、ベートーヴェンの後期作品に数えられる約50分に及ぶ巨大なピアノ・ソナタであり、出版当時ベートーヴェンが「50年はこの曲を演奏しようとするピアニストを忙しくさせる」と言ったとされるほど、当時から技術的にも表現の面においても難解な作品として扱われてきた。出版は、1819年にウィーンとロンドンの二つの都市で、ほぼ同時期にされる。この二つの出版譜は、楽譜テクスト内容が異なっているが、驚くべきことに、どちらの形もベートーヴェン自身が認めたことが明らかとなっている。現在、Op. 106の自筆譜は消失し、一次資料がごく一部しか残っていないため、テクストの決定についてこれまで多くの音楽家を悩ませてきた。楽譜校訂などを行う際には、ベートーヴェン本人が、出版の直前まで目を通せたウィーン原版を底本に作品像を考えることが自然であることから、ロンドン原版は軽視され続けている。しかし近年、Op. 106の演奏を可能にし、世に広めていった演奏家たちは、ロンドン原版に基づく演奏をしていた可能性が指摘されるなど、ロンドン原版を見直す動きも活発化してきた。果たして、ロンドン原版の存在は、作品の受容においてどのような位置にあったのだろうか。筆者が昨年行った考察では、Op. 106の実演において重要なピアニストであったフランツ・リストFranz Liszt(1811~1886)とビューローの校訂楽譜に、ロンドン原版に由来する表記が多く存在することを指摘し、その影響の一端を明らかにした。本論では、楽譜比較のみにとどまらず、より具体的にビューローの「演奏」に迫ることを目指し、これを踏まえ改めてロンドン原版の意義を考察した。Op. 106の演奏記録、ビューローの演奏に対する批評、ビューロー版、様々なエディションの比較検討をもとに考察を行った。結果、ビューローがOp. 106の伝承・受容にとって大きな存在であったことのみならず、その裏にロンドン原版の存在を見ることになった。作品の受容にはロンドン原版の存在が不可欠だったのである。つまり、ロンドン原版は、これまで言われてきた「一次資料としての重要性」だけでなく、Op. 106の「演奏を可能にした存在」としての新たな意義を獲得しうる。

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