ミジンツツガイの同定(腹足綱: ミジンギリギリツツ科)

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  • The Identity of <i>Brochina glabella</i> Carpenter in A. Adams, 1868 (Gastropoda: Caecidae)
  • The Identity of Brochina glabella Carpenter in A. Adams, 1868 (Gastropoda: Caecidae)

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抄録

<p>日本産のミジンギリギリツツ科を最初に扱ったのはCarpenter(in A. Adams, 1868)で,Adamsが明石で採集した標本に基づいて7種を挙げるとともにBrochina glabella [= Caecum glabellum]を新種として記載した。その原記載は極めて短く,B. glabra [= C. glabrum(Montagu, 1803)]との比較で,「Brochina glabraに似るが,大きく,隔板はやや膨らむがほぼ平らで,頂部は見えない」と述べられているのみであり,付記の中ではその他,C. glabriforme(Carpenter, 1857)およびC. gracile Carpenter, 1858とも比較されている。</p><p>原記載に図は伴わないが,比較されている3種はいずれも単純なドーム型の隔板をもち,突出部(mucro)を欠くことで特徴づけられる。最初に比較されているヨーロッパ産のC. glabrumは本科の中でも最もシンプルなもので,輪肋も微細彫刻も欠いていて,隔板も単純なドーム状である。Caecum glabellumはそれよりも大型であることで東太平洋のC. glabriformeに比較されたが,後者は半球型の隔板を持つのに対してC. glabellumは平らであるとされる。そして,実際に貝殻の彫刻などは全く異なるが,隔板が平らであることでC. gracileと比較されている。これらのことから,C. glabellumは平滑でやや太い殻と平らに近いドーム型の隔板を持つことが分かる。</p><p>しかしながら,文献を調査すると,これまでC. glabellum(和名ではミジンツツガイ)として図示されているものは,すべて明らかな突出部を持つ異なる種であった。一方で,著者の知る限りでは,これまで日本からはCarpenterの原記載に合致する標本は記録されていない。唯一可能性があるのはC. japonicum(Habe, 1978)モヨウミジンツツであり,この種はほぼ平らな隔板を持ち,サイズには変異があるがC. glabellumのホロタイプ(殻長2.2 mm)はそれに含まれる。ただし,本種の成熟した個体では殻口が弱く肥厚し狭まる。また,通常非常に印象的な色彩を示すが,単色の個体も少なくない。従って,C. glabellumは未成熟で色彩のない(あるいは退色した)モヨウミジンツツに基づいて記載された,という解釈が最も可能性が高いが,Adamsのタイプの多くが保存されているロンドン自然史博物館などにタイプが見つからないことから,この名前は不詳名とするのが適当であろう。</p><p>実際のところ,Caecum glabellumは日本のみならず西太平洋全般における文献において,この科の中で最も頻繁に見られる名義種となっている。日本では平瀬(1934)が初めてCaecum sp.としてミヂンツツガイの和名とともに報告している。この図は極めて不明瞭であるが,元となった平瀬コレクション由来の標本は幾つかの博物館に分割保存されていて,今日ミジンツツガイとして知られている種と同種である(例えばNSMT-Mo 7921)。国内の文献で初めて明瞭な図で示されたのは,北隆館の改訂増補日本動物図鑑(内田・他,1947)とHabe(1953)で,後者では初めてB. glabellaの学名が使用されている。その後日本の文献でこの名前,あるいはCaecum glabellumとして度々図示されているが,すべて隔板に明瞭な突出部分をもつものであり,そのほとんどは日本海のロシア沿岸から記載され,日本の温帯域に広く分布するC. bucerium(Golikov in Golikov & Scarlato, 1967)に一致する。この種は平滑な貝殻に黄褐色の殻皮を具え,隔板には爪状の突出部分を持つことで特徴づけられる。一部の文献では,C. buceriumはインド・西太平洋に広く分布するC. neocaledonicum de Folin, 1868ヒノイデミジンツツやモヨウミジンツツに誤同定されている場合がある。また,加藤(1990, 2000)がB. glabellaミジンツツガイとして図示している個体は,半球状にやや突出した隔板をもつことでC. buceriumとCarpenterの原記載のいずれとも異なる。(要訳:長谷川和範)</p>

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