【総説】 穀類澱粉の生合成を俯瞰する

  • 中村 保典
    秋田ナチュラルサイエンスラボラトリ 秋田県立大学生物資源科学部

書誌事項

タイトル別名
  • [Review] An Overview of the Starch Biosynthetic Processes in Cereals

抄録

<p>筆者が穀類澱粉合成に関する研究を始めてから約30年が経過した.その間,この分野で研究潮流の大きな変化を体験できたのは,研究者として幸運だった.分子生物学的手法の導入,ゲノム情報解析時代の到来など,開始当初は思いもよらない生命科学研究環境のうねりに遭遇することもできた.澱粉を含む糖質は生化学の先駆け研究の対象となった物質であるが,植物の生命維持のための基幹物質としての糖質の構造と機能に関する奥深さは,古くて新しい興味とチャレンジ心をかきたててくれる.筆者はイネ胚乳澱粉の生合成解明研究に従事し,特に酵素アイソザイムの機能を解明するため,澱粉分子(特にアミロペクチン)の微細構造への寄与に重点を置いて研究してきた.穀類胚乳は澱粉の生産と貯蔵に特化した組織で,特有の細胞学的な発達を経て,種子が完熟する細胞死・脱水期には,細胞重量にして約85~90%も澱粉が占める.胚乳はアミロプラストを発達させながらその内部に構造が均一な澱粉を高効率かつ高速度で再生産する.胚乳での澱粉生産は植物の最も特徴的な代謝過程の1つである.イネ胚乳のアミロペクチンは均一性の高いクラスター構造を持つ.クラスター構造とその基本的な性質は,アミロペクチンの分子構造を最もよく特徴づけ,澱粉の結晶性や物性を左右するもので,日本人研究者が当初から解明に顕著な貢献をしてきたことを忘れてはならない.クラスター構造がどのような酵素の関与のもとで形成されるか,イネ胚乳では,様々なアプローチを用いて,植物の中で最も詳細に調べられてきた結果,全体像がほぼ明らかになってきた.鍵を握る多数の酵素のそれぞれの寄与が特定され,クラスターはアイソザイム間の緊密な協同作用の結果合成されることが明らかになった.ただし,クラスター構造の初期形成過程に関しては,多くのことがまだ不明で,現在も作業仮説を立てて一歩ずつ前進している.他方において現在は,酵素アイソザイムの機能と特性がほぼ解明された結果を踏まえ,アジア各国で,種々の澱粉形質を持つ新イネ品種を創出する試みが潮流となっている.これらのコメが機能性食品として利用され,一層活用されるための新技術が期待される時代が来ている.生合成分野では分子レベルでのメカニズムの解明研究に,応用分野では澱粉の新産業利用に移行する節目に当たり,独善を恐れず,研究現状を概説するとともに,次代の研究展開に向けた展望と課題についても述べてみたい.</p>

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