有機超伝導体におけるペタヘルツ電子ダイナミクス

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タイトル別名
  • Petahertz Correlated Electron Dynamics in an Organic Superconductor

抄録

<p>近年の超短パルスレーザー技術の発展は,電子温度の上昇に隠されていた物質の光励起の「内側」をもあらわにしつつある.わずか数フェムト秒(1フェムト秒=千兆分の1秒)に集中した~V/Åにも及ぶ瞬時電場振幅は,「ペタ(千兆)ヘルツ」というとてつもない高周波数で駆動される新たな光エレクトロニクスを創成しつつある.こうした研究は,主にバンド絶縁体やグラフェン,ナノ金属などで進められているが,電子の多体効果が顕著な強相関電子系では,一電子描像を超えた光強電場効果も予想される.電子間クーロン反発のエネルギーが数eV(h /(1フェムト秒):hはプランク定数)であることを考えれば,こうした極短時間のアプローチが,相関電子の本質に迫り,その潜在能力を活かすための突破口になる可能性も期待できる.</p><p>一般に,光パルスの照射は瞬時に物質の電子温度を上昇させ,強相関物質の特徴的な秩序状態を熱的に壊してしまう.仮に電子温度が上昇する前に光電場の印加を完了できたら何が見えてくるのだろう? よく知られているように,光の振動電場Et)を物質に印加しても通常パルス全体で正味の電流密度jは生じない.オームの法則( jt)=σEt),σは伝導度)が成り立てば,光によって生じる光電流の時間積分はゼロになるからである.しかし,光による電場の印加が電子間散乱の時間よりもずっと短時間で完了するならば,電子は光電場Et)によって加速され,電流は電場の時間積分j(τ)∝∫0τ Et)dtで与えられる.この無散乱電子加速による電流(無散乱電流)は,キャリアエンベロープ位相(CEP)と呼ばれる時間軸上における振動電場の位相パラメータ(包絡線関数と光の搬送振動の相対位相)に依存して変化する.このように,「電子温度が上昇する以前の時間」には,これまでの常識とは異なる新たな光物性や光機能への鍵が隠されている.</p><p>我々は,有機超伝導体を対象に,パルス幅6フェムト秒の極超短パルスとそのCEP制御技術を用いた光強電場効果の測定を行った.電子温度の上昇に要する時間が比較的長い(~40フェムト秒)有機物質を対象とすることによって,無散乱電流による光強電場効果を捉えることに成功した.注目すべきことに,これらの光強電場現象(電荷の同期振動による誘導放出と,無散乱電流による(電流誘起)第二高調波発生(SHG))は,超伝導転移温度よりも高い温度領域で観測される超伝導ゆらぎ(クーパー対の短距離相関)によって異常増大を示す.10フェムト秒以下という極超短時間における誘導放出の温度依存性は,超伝導の微視的機構が,超伝導ギャップよりもはるかに高エネルギーの相互作用と関係していることを強く示唆している.このように,電子温度の上昇に隠されてきた光励起の「瞬間」を捉えることによって,強相関電子系の新たな物性研究と光機能探索が可能になると筆者らは考えている.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 77 (5), 304-309, 2022-05-05

    一般社団法人 日本物理学会

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390573482953156224
  • DOI
    10.11316/butsuri.77.5_304
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • KAKEN
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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