リカルダ・フーフの恋愛詩とウルマンの音響音階

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タイトル別名
  • Ricarda Huchs Liebeslyrik und Viktor Ullmanns „Akustische Skala“
  • リカルダ ・ フーフ ノ レンアイシ ト ウルマン ノ オンキョウ オンカイ

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抄録

青年期に新ヴィーン楽派へ接近したヴィクトル・ウルマン Viktor Ullmann(1898-1944)は、初期の表現主義的無調の様式を経て、4年間にわたる空白期間ののち、不協和ながらも調性と接点を持った独自の様式へと到達する。この独自様式にはアーノルト・シェーンベルク Arnold Schönberg(1874-1951)の音楽理念、また1930年前後から傾倒するルドルフ・シュタイナー Rudolf Steiner(1861-1925)の思想が影響していると考えられ、それは全音音階和音や四度和音と並んで多用された音響音階(倍音列音階)とその和音に象徴される。ウルマンが注力した歌曲の分野においてもこの音響音階の使用は顕著であるが、彼の歌曲創作において音響音階がどのように機能しているのか、さらに20世紀初頭のテクストに対して同時代のウルマンの付曲がいかなるコンテクストにおいて結びついているのかについては、改めて論じられる必要がある。本稿ではリカルダ・フーフ Ricarda Huch(1864-1947)の『新詩集 Neue Gedichte』(1907年)からの五篇に付曲された《5つの恋歌 Fünf Liebeslieder》op.26 に焦点を当て、分析を行なった。ハンス・プフィッツナー Hans Pfitzner(1869-1949)による付曲も存在し、音響音階の用法が顕著に見られる第1曲に加えて、作曲者によって切れ目なく連続して奏されることが指示されている第2曲を対象とした。フーフ初期の作品である『新詩集』は世紀転換期の新ロマン主義文学との関連が指摘されるが、そのテクストには作者の強固な自意識に起因する主観性や、情動に溢れた表現が見られる。第1曲〈どこからそのすべての美しさを手に入れたのか... Wo hast du all die Schönheit hergenommen…〉のテクストは、宮廷風恋愛歌の伝統に対するフーフの生命力に満ちた筆致の相剋が一つの特徴と言える。このアンビヴァレンツが生み出す緊迫感に対して、プフィッツナーは減七和音や変位音を媒介として、様々な調性を浮遊する和声が支配的である。これに対して、ウルマンによる付曲はプフィッツナーに見られるような後期ロマン派的なアプローチとは性質を異にし、音響音階による和音を連続的に接続することによって和声構造が形成されている。前者では様々な転調を経ながらも曲全体としてのカデンツ構造は明確に定まっているが、後者においては音響音階和音を連続的に用いることで和声的解決の効果は忌避されている。調性と非調性の間を揺れ動く音響音階の二義的な性格は、フーフのテクストが持つ相剋とダイナミズムに対して親和的に作用していると言える。さらにツェズールの処理を観察するとき、ウルマンがフーフの主観的かつ内発的な感情に特に注目していることが指摘できる。このような傾向は第2曲〈ピアノにて Am Klavier〉においても顕著であり、テクストの内容や韻律分析から、特に詩的主体の感情表出が頂点に達する箇所において、その主観的感情の高揚と音響音階の連続的な使用の間に確かな接点が見られる。フーフの恋愛詩に見られる情動的な筆致は、ひとえに彼女の「生、戦い、認識への抑制できぬほどの渇望」に由来する。それは高まる自然主義に対して、神秘主義的な世界観を取り込み、人間存在における内的なものをロマン主義の時代とはまた異なる様相において再び重視した、当時の文化状況の中で解釈されうる。テクストが奔放に表現しようとする主観性の激しさとそれゆえの相剋は、同時代を生き、表現主義的な文化潮流を背景に持つウルマンに多分に通じうる主題であったと考えられる。そのテクストの音楽化にあたって、音響音階とその響きの特性は主な媒介として機能していると言える。

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