<i>Pramānasamuccaya</i>冒頭帰敬偈とカマラシーラの菩提心

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タイトル別名
  • The <i>Pramāṇasamuccaya</i>’s Opening Reverence Invocation and Kamalaśīla’s <i>Bodhicitta</i>
  • The Pramanasamuccaya's Opening Reverence Invocation and Kamalasila's Bodhicitta

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抄録

<p> Pramānasamuccaya冒頭帰敬偈で示された,“jagaddhitaiṣin”と“śāstṛ”というブッダの徳号に対するダルマキールティの後継者達の理解と,ダルマキールティの後継者の一人とされるカマラシーラが『修習次第』第一篇で提示する2種類の菩提心との関係を検討した.</p><p> 従来の研究によると,『修習次第』第一篇の2種の菩提心は,シャーンティデーヴァによるものを踏襲したとされている.</p><p> デーヴェーンドラブッディ,ジネーンドラブッディそしておそらくダルマキールティも,慈悲の修習によって,慈悲を体得した菩薩を“jagaddhitaiṣin”に位置づけている.そして菩薩のその際の心的状態は,『修習次第』第一篇で提示された誓願心(praṇidhicitta)に該当すると考えられる.</p><p> そして,衆生利益のために,つまりブッダとなって教示するために,菩薩が“śāstṛ”として修習に発動開始する際の心(あるいは,“jagaddhitaiṣin”としての最後の心)を発趣心(prasthānacitta)として言い表すことはできると考える.</p><p> また,『修習次第』第一篇の2種の菩提心は誓願心が起きて,その後発趣心が起こるという段階性を持っている.これは,“jagaddhitaiṣin”の次に“śāstṛ”という構造とも共通性を持つ.</p><p> しかしながら,そもそもダルマキールティ達は,誓願心や発趣心という言葉を用いていない.たしかに“jagaddhitaiṣin”や“śāstṛ”に関する記述に,誓願心や発趣心に関する記述との対応点は確認できるものの,彼らが,誓願心や発趣心の2種の菩提心という概念を念頭に置いていたか否かは,不明である.今後,より広範囲な資料分析を行う必要がある.</p>

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