オーストリア・フォラールベルク州の緑地保全地帯をめぐる論争

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タイトル別名
  • Arguments on “<i>Landesgrünzone</i>“ or the Federal-State Green Belt in Vorarlberg, Austria
  • Effects of a grass-roots movement in a rural commune, Weiler
  • ヴァイラ村での住民運動がもたらした影響

抄録

<p>本報告の目的は,オーストリアのフォラールベルク州政府が1977年に設定した広大な緑地保全地帯の一部に工場誘致を目論んだヴァイラ村当局に対して抗議する住民運動を紹介し,これを契機として起きた州全体を巻き込む論争を考察することにある.そのための資料は住民運動組織(Lebensraum Weiler:以下LRと略記)のホームページ,マスメディアの報道,州政府やヴァイラ村の公文書などである.</p><p> フォラールベルク州は1990年代以降のグローバリゼーション進展下で,EU加盟諸国におけるNUTS2レベルの諸地域の中で経済的に最も豊かな地域の一つへと発展した.この州の中でヴァイラ村は,村民の多数が村外での非農業部門で就業する人口約2000人(2016年),面積3.1 km2の小規模な地方自治体で,大部分が平坦地である.</p><p> 州の経済的首都とも言えるドルンビルンに立地する大手パン製造企業のエルツ社が,ヴァイラ村ブクセラ地区に4.5 haの土地を取得して工場進出する計画を持っていると,州内のメディアが2016年11月初めに報道した.これを知った村民の中で,生活環境の悪化や緑地保全地帯の削減を憂慮する人たちが,工場進出に反対すべくLRを11月中に立ち上げ,2016年12月5日(月)に20名の署名になる質問状を村長に手渡した.</p><p> 12月12日(月)に州政府は,緑地保全地帯に関する政令修正案を開示して関係自治体が住民から意見聴取することを求める文書を,修正案それ自体,そして修正の理由を説明した文書(解説・環境報告書)とともに,関係5自治体などに送付した.</p><p> 12月19日(月)に村当局は,緑地保全地帯の一部削減を説明する会を村庁舎で開催し,これにLRを始めとする村民等約50名が参加し,討論会となった.ここでの村長による説明に納得しなかったLRは,「人間の鎖」でブクセラ地区の当該の場所を取り囲み,村当局の決定に反対するデモンストレーションを呼びかけた.このデモは2017年1月6日(金・祝日)に実施され,村民等約500名が参加した.</p><p> ヴァイラ村当局は広報紙の2017年1月号で,緑地保全地帯の一部を削減して「事業用地拡大」の必要性を説明し,2月号で「事業用地拡大」に関する村民の様々な意見を紹介した.他方,LRはエルツ社社長との意見交換や,州首相・空間計画担当閣僚と意見交換する機会を1月から2月にかけて持った.</p><p> 緑地保全地帯政令修正案に関する住民や各種団体などから寄せられた意見書が,州政府の「空間計画諮問委員会」によって精査され始められる直前の2月9日(木)に,副村長,州政府担当閣僚,エルツ社社長,LR代表,農業会議所会頭5名による討論会が地元新聞社の主催によってヴァイラ村小学校体育館で実施され,これに村内外から約300名の聴取者が参加した.</p><p> 3月13日(月)に州環境担当閣僚・州自然保護委員会委員長・自然保護同盟代表の3者が緑地保全地帯の保全を主張する声明を公表する一方で,空間計画と経済の両方を担当する州政府閣僚が,経済連盟及び経済会議所の新聞(3月ないし4月発行)に,州経済の発展のために緑地保全地帯の一部の指定解除もありうると主張した.</p><p> 4月に開催された州議会でこの問題に関する各党議員と州政府との質疑応答がなされ,ヴァイラ村以外でのエルツ社工場用地探索を求める声が次第に強まった.ドルンビルン市による仲介を得て,エルツ社が工場新設のための土地を確保できる見込みが5月に出てき,実際に6月23日(金)にエルツ社とドルンビルン市内のある企業との間で土地売買交渉が妥結した.その結果,エルツ社によるヴァイラ村での工場新設計画は頓挫した.</p><p> しかしこの間に,緑地保全地帯の保全問題に関する議論が州民全体を巻き込むようになり,メディアによる報道もあって緑地保全地帯の意義に関する州民の理解が深まった.他方においてその後も,ヴァイラ村村長は緑地保全地帯の一部の事業用地への転換を指向し続けている.</p><p> この過程で表明された主張は以下のように要約できる.</p><p>・工場誘致は村の財政力を高めることにつながるので,村民の生活条件をよりよくできると村長は主張.</p><p>・工場立地によって生活環境が悪化するし,村の決定は民主主義に悖るとLRは主張.</p><p>・1977年に設定された緑地保全地帯はその意義の故にそのまま維持すべき,と環境保護団体や農業団体等は主張.</p><p>・財界や経済・空間計画担当閣僚は,工場立地による州経済の発展は州民の生活水準の維持向上のために必要であり公共の利益に資するので,緑地保全地帯の一部を指定除外しうると主張.</p><p> 以上の一連の動きに関連する論点はほかにもあるが,いずれの主張がより重要な公共の利益に結びつくのかという問題を考えるためには,そもそも州政府が緑地保全地帯を設定した目的とそのコンテキストを再確認する必要がある.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390577144549415424
  • DOI
    10.14866/ajg.2023s.0_31
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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