「地図の民主化」に向けたオープンな協働型マッピングの展開

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  • The Development of Open Collaborative Mapping towards Democratisation

抄録

<p>1.はじめに</p><p> 地図製作や地理空間情報処理に関わる新しい手法の提案とウェブの進展を通じて,多様な人々による地理的知識の生成・協働が技術的に容易になった.特に2000年代後半から本格化した「ボランティア地理情報(VGI)」では,従来の地図作製に関わるよりもはるかに多くの市民が,自らの地理的経験や知識を,様々な手段でデジタル地図に集約する新しい市民参加の潮流ともなった(瀬戸, 2021).</p><p> この背景には,多種多様な地図化(マッピング)手法がウェブサービスとしてオープンに整備されたことで,地図表現を容易にし,その成果をSNS等で共有するようになった点も大きい.他方,マッピングの成果物や地図化を介した社会的な影響力の評価は,デジタル地図そのものやツールが多様化しており,その実態がつかみにくいことから定量的には必ずしも容易ではなく,「地図の民主化」をめぐる議論も注目されている(Haklay, 2013; 瀬戸・西村,2021).</p><p> 本発表の目的は,協働マッピングの代表的事例として様々なログデータが存在するオープンストリートマップ(OSM)を対象に,活動の今日的状況を日本における近年の活動分析を交えて考察することである.</p><p>2.オープンストリートマップ(OSM)の発展と展開</p><p> 2004年にイギリスで始まったOSMは,基本的にはデジタルな世界地図の基盤データを協働かつ自主的に作成・整備するもので,標準的な地図スタイルを伴うウェブ地図(地図デザイン自体は様々な表現方法に変更可能)と,統一的なフォーマットを通じて,オープンなライセンスを通じて提供されている.OSMの活動を通じて蓄積された膨大なデータベースは,活動初期から現在に至るアーカイブや活動ログとして日々リアルタイムにクラウド環境に蓄積され,原則的に目的を問わず制限無く,誰でも利用可能である.</p><p> OSMの利用者数自体は不明であるが,データの登録・修正等の編集を行うために必要なアカウント登録数は,2023年1月時点で全世界累計約1000万を超え,現在も増え続けている.活動の初期段階には主に,欧米を中心とする情報ボランティアによる編集が多かったが,国際連合や国際NGOによる人道支援・災害対応活動での実践的活用や,新興ビジネス企業など組織的アクターによる参加を通じた大規模なデータ投入やAI等による半自動マッピングの試行が盛んになり(Anderson et al., 2019),アジア・アフリカでも活動が広がっている.グローバルな規模で比較した場合,地図の格差は依然として大きいが,近年ではボランティア市民のみではなく,協働する主体の役割変化が起こり,新たな活動の局面を迎えていることも近年の大きな特徴である(Schröder-Bergen et. al., 2022).</p><p>3.日本におけるOSMの状況</p><p> 日本におけるOSM活動の展開は,2008年頃からボランティアによるコミュニティベースで行われてきたが,東日本大震災における人道支援マッピングが一つの契機となった(瀬戸,2013).その後もオープンデータ政策に伴う自治体における地理空間情報の整備・提供や,デジタル地図を用いた市民活動の広がりも相まって継続的な活動となり,日本国内を編集した登録ユーザーは2020年7月時点で累計約35,000に達し,日々100ユーザー以上がコンスタントにOSMの地図編集を行っている(瀬戸, 2022).</p><p> そこで,OSMの編集が登録ユーザーによって,いつ・どこで・どのように行われるかを定量的に評価するため,「変更セット(Changeset)」と呼ばれるOSM上の編集ログを要約したアーカイブデータと編集内容の汎用的な解析ツール「OSMCha」を用いて,日本の過去1年間の活動状況を対象に検討した.その結果,日本国内では1年間に約9万件(月平均約7500件),うち1ヶ月以内に活動を始めた「New mapper」による編集が約1万9000件(月平均約1600件)で,全体で2割以上を占めた.組織的な大規模編集は,日本のOSM活動がアジアでも比較的早い段階で行われていたことから実験的に点在する程度であることがわかった.実際の編集内容を詳細に分析すると,その多くが既存のデータ入力がされている都市圏を中心とする主要道路や,地物の属性修正など修正作業が多く行われている.</p><p>4.おわりに</p><p> オープンな協働型マッピングを通した地図の民主化が果たす役割は,様々な社会的背景を持つ人々が必要とする,既存の地図では対象外となるようなローカルな地理的知識の共有が特に重要と考えられる.したがって,その基礎的な資源であるオープンな地理空間情報の整備の拡充,協働マッピング概念の再検討,地域の状況に応じたマッピング評価手法の確立など,地理空間情報のデータコモンズをめぐる議論も必要な段階である.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390577144549424128
  • DOI
    10.14866/ajg.2023s.0_72
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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