NMRで探るウラン系スピン三重項超伝導の物理

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タイトル別名
  • Physics of Spin-Triplet Superconductivity in Uranium Compounds Studied by NMR

抄録

<p>1911年の水銀での超伝導の発見以来,固体物理の分野では,様々な新しいタイプの超伝導体が発見されてきた.例えば,強いクーロン斥力により有効質量が増大した電子による重い電子系超伝導体,伝導性をもつ有機物質で発見された有機超伝導体,そして超伝導転移温度が初めて液体窒素温度を超えた銅酸化物超伝導体などである.その中で明らかになってきたことは,超伝導の性質やその発現の機構は,当初に考えられていたよりも遥かに多様性に富むということである.特に21世紀に入り,放射性元素であるウランを含む化合物において,磁性と強く結合した奇妙な超伝導の発見が相次いでいる.そこにはスピン三重項という超伝導の新たな世界が広がっている.</p><p>従来のスピン一重項超伝導体では,超伝導のクーパー対のスピンはすべて反平行で,全スピン量はゼロであった.したがってスピンの自由度はなく,一般的に超伝導相は一様で単純となる.一方,スピン三重項超伝導体ではスピンが平行となり,クーパー対はスピン1の自由度をもつ.その結果,スピンの向きに対して自由度が残り,その組み合わせによって様々な超伝導状態が可能となる.各状態の安定性は磁場や圧力などの外場によって変化するため,多彩な超伝導相が出現する(多重超伝導相).またスピン三重項超伝導では,スピン反転を伴う磁場による対破壊効果が抑制される.その帰結として,超伝導は本質的に磁場に強くなり,強磁性と超伝導のミクロな共存状態(強磁性超伝導)や,磁場によって超伝導が増強される(磁場誘起超伝導)といった,従来の常識を超えた新しい超伝導現象が出現する.</p><p>UTe2は,2018年末に超伝導になることが初めて報告されたウラン系超伝導体である.その発見の直後から実験と理論の両面での集中的な研究が開始され,40 T以上の強磁場領域における磁場誘起超伝導や圧力下での多重超伝導相など,スピン三重項超伝導状態を起源とする新奇な超伝導現象が相次いで見つかっている.さらにその超伝導状態は,バルクとしてトポロジカル超伝導を実現する可能性があることが指摘され,注目を集めている.</p><p>このような新しい超伝導体の解明において,核磁気共鳴(NMR)法は強力な測定手法となる.その最大の特徴は,原子核スピンを利用して,物質内のある特定の場所(共鳴を起こす原子核位置)での微小な内部磁場の変化を高精度に測定できる点にある.さらにその動的な変化(揺らぎ)にも極めて敏感である.これらの特徴を利用して,核サイトでの局所磁化率(ナイトシフト)測定から,超伝導を作るクーパー対の対称性を決定したり,NMR緩和率測定により電子スピンの揺らぎの変化を調べ,超伝導との相関を明らかにすることができる.</p><p>今回,我々はNMR観測可能な125Te核を濃縮したUTe2単結晶を準備し,すべての結晶軸方向に対して,磁場中でのナイトシフトの測定を行った.その結果,スピン三重項超伝導の秩序変数を表すdベクトルの状態が明らかになった.また常伝導相において,温度の低下に伴い発達する不均一な磁気状態と異常に遅い電子系の揺らぎを発見した.</p><p>現在,スピン三重項超伝導の候補物質の多くがウラン化合物である.磁性と超伝導,さらにトポロジカル物性が交差する新しい舞台として,その研究は多くの新しい知見をもたらすものと期待されている.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (5), 267-272, 2023-04-25

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390577463978477824
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.5_267
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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