擬-南部ゴールドストーン暗黒物質――直接検出実験と熱的残存量の融和

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タイトル別名
  • Pseudo-Nambu–Goldstone Dark Matter―Reconciliation between Direct Detection Experiments and Thermal Relic Abundance

抄録

<p>素粒子論では,さまざまな文脈から,通常の物質となんらかの弱く相互作用をする暗黒物質を新粒子として導入する模型が議論される.特に,宇宙初期において高温高密度の熱浴中で物質粒子の衝突から暗黒物質が生成されるシナリオは以前から注目を集めている.このようにして生成される暗黒物質は「熱的暗黒物質」とよばれる.</p><p>ファインマン図から容易に想像できるように,熱的暗黒物質は,物質粒子への対消滅,逆に物質粒子からの対生成,さらに物質粒子との散乱など,さまざまな物理過程を持つ.測定された暗黒物質のエネルギー密度を説明するためには,暗黒物質の対消滅断面積が3×10-26 cm3/s程度でなければならない.これにより,暗黒物質と通常物質との間の相互作用の大きさを見積もることができる.</p><p>暗黒物質と通常物質の散乱過程を地球上で検出しようという試みがある.このような実験は直接検出実験とよばれる.これまで数多くの直接検出実験が行われたが,暗黒物質が検出されたという有意なデータは得られていない.これにより,暗黒物質と核子の間の散乱断面積に上限を与えることができる.現在最も強い制限を与えているのはLZ実験で,例えば暗黒物質の質量が30 GeV/c2のときの散乱断面積の上限は6.5×10-48 cm2となっている.これは,熱的暗黒物質で期待される素朴な散乱断面積よりも相当小さい.すなわち,熱的暗黒物質は実験的に排除されつつあるのが現状である.</p><p>しかし,これによって熱的暗黒物質は完全に排除されたと結論するのは早計である.上記の議論は,対消滅断面積と散乱断面積が比例するという素朴な仮定に基づいている.もし何らかの機構で対消滅断面積を維持しつつ散乱断面積を抑制することができれば現実と矛盾することはない.</p><p>そのような機構を実現する模型として「擬-南部ゴールドストーン暗黒物質模型(pNG DM模型)」が提案された.これは近似的な大局的対称性が自発的に破れた際に生じる粒子を暗黒物質とする模型である.この模型において,pNG DMと原子核の散乱振幅は,移行運動量の二乗に比例する.直接検出実験において移行運動量は非常に小さいことからpNG DMと原子核の散乱断面積は強く抑制される.一方で,pNG DMの対消滅断面積は散乱断面積と異なり抑制されることはない.したがって,pNG DMは熱的暗黒物質でありながら現在の直接検出実験の結果と矛盾しないという興味深い性質を持つ.</p><p>上記の散乱抑制のため,pNG DMは標準的な熱的暗黒物質に比べて早い段階において通常物質を含む熱浴から脱結合を引き起こす可能性がある.特に,暗黒物質がヒッグス粒子の共鳴を通じて対消滅する場合には無視できない影響がある.そのため,先に述べた対消滅断面積(3×10-26 cm3/s)を得るには,この効果を考慮しなかった場合に比べて最大で1桁程度大きな暗黒物質–ヒッグス結合が必要となる.これにより,ヒッグス粒子の暗黒物質への崩壊率は最大で2桁程度大きくなることから,ヒッグス粒子の精密測定を通じた検証が期待される.このような新奇な現象が起こることもpNG DMの特色である.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (6), 320-325, 2023-07-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390577818147617408
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.6_320
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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