「キリスト教の哲学」の宗教性
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- 古荘 匡義
- 龍谷大学
書誌事項
- タイトル別名
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- Religiosité de la philosophie du christianisme
説明
本稿は、ミシェル・アンリの考える宗教を基準に、彼の「キリスト教の哲学」が宗教的であるかどうかを検討した。アンリにとって宗教は諸存在の生の様式に関わるもので、諸存在に何かを考えることではなく、何かを行うことを強いるものである。<br> アンリの「キリスト教の哲学」は、絶対的〈生〉と人間の生との紐帯に関する原理的な考察である。人間の生は絶対的〈生〉のうちでこそ可能になっているのに、人間は絶対的〈生〉との紐帯を想起することが原理的にできない。キリストの言葉は人間に絶対的〈生〉との紐帯を思い出させ、人間にある種の救済をもたらすのである。<br> キリストの言葉とアンリの生の哲学とが重ね合わされている「キリスト教の哲学」は、単にこの紐帯の理論的な解明ではなく、人間がこの紐帯を思い出し、この紐帯のうちで再び生きることを実現する実践的な思想になっていると考えられる。<br> したがって、「キリスト教の哲学」は、諸存在に何かを行うことを強いる哲学であり、アンリの考える「宗教」の基準を満たす哲学である。
収録刊行物
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- ミシェル・アンリ研究
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ミシェル・アンリ研究 13 (0), 37-43, 2023
日本ミシェル・アンリ哲学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390578283223892864
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- ISSN
- 21896836
- 21857873
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可