タンパク質複合体の会合・解離ダイナミクスと中間体構造予測

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タイトル別名
  • Association-Dissociation Dynamics of Protein Complex and Prediction of an Intermediate State

抄録

<p>タンパク質は生物機能の中心を担っており,他の分子(低分子や他のタンパク質,脂質,核酸等)との複合体形成は,様々な生物機能に直結する.例えば,ウイルスカプシド(殻)は数十から数百のタンパク質が会合して安定な複合体を形成することで,内部の核酸を保護するための殻を形成する.他にも,複合体形成は分子認識,不活化したタンパク質の再活性化,タンパク質間の電子伝達など様々な生物機能に直結している.</p><p>近年では,スーパーコンピュータなどの並列計算機の著しい発展により,全原子モデルを用いた大規模・長時間の分子動力学(MD)シミュレーションが可能になり,原子レベルで構造やダイナミクスを観察できるようになってきた.また,ミクロな原子運動とマクロな生命現象の中間の領域を理論的に解析,考察するために粗視化モデルが使われることがある.粗視化モデルを用いたシミュレーションにより,フェムト秒程度の原子レベルの速い運動を無視して,大規模な構造変化やマイクロからミリ秒程度の長時間のダイナミクスを効率的に観察することができる.</p><p>特にタンパク質内相互作用の粗視化モデルは,長時間のシミュレーションが必要なフォールディング過程の研究のために発展してきた.これに加えて,生物機能に必要な複合体形成過程の研究を進めるには,タンパク質間相互作用の粗視化モデルの発展が必要となる.</p><p>我々は,タンパク質間相互作用の粗視化モデルを発展させ,複合体の会合・解離過程のダイナミクスを追跡することで,複合体形成によって進行する様々な生物機能の理解を目指している.</p><p>一例として,小型の水溶性タンパク質GCN4-pLIのシミュレーションを紹介する.GCN4-pLIは四分子で安定な複合体(四量体)を形成する.シミュレーションから得られた構造を実験結果と比較することで,モデルの妥当性を確認した.タンパク質間の相互作用として疎水性アミノ酸間の引力のみを考えた場合に,実験で得られている構造に近い構造を得ることができた.ただし,会合した状態でモノマー間の配向は変化しており,アミノ酸間の疎水性相互作用のみでは一つの構造に安定化しなかった.</p><p>疎水性相互作用に加えて,荷電性アミノ酸間の静電相互作用も考慮することで,配向も安定な四量体構造が得られた.四量体の会合には疎水性相互作用の寄与が強いが,配向の安定化には静電相互作用が必要であることがわかった.また,系の自由エネルギー変化を四量体の慣性半径とオーダーパラメータの関数として表した(自由エネルギー地形).これにより,四量体形成経路を示し,配向変化に関する実験結果を説明できた.</p><p>別の例として,細胞分裂の進行に関わるサイクリン依存性キナーゼ4(CDK4)の構造安定性と複合体形成に関するシミュレーションを行い,CDK4の構造変化と複合体形成について調べた.CDK4は常温で天然構造とオープン構造の両方を取り得るが,サイクリンD3により天然構造が安定化されることが示唆されている.</p><p>シミュレーションの結果から,オープン構造から天然構造への構造変化が見られ,実験既知の天然構造の他に,未知の安定構造が得られた.この構造はCDK4の二つのドメインの間にサイクリンD3がはさまれるような形で安定化しており,実験では得られていない中間体構造の存在を示唆している.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (8), 456-460, 2023-08-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390578514744242944
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.8_456
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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