インド・パンジャーブ州における野焼きの地域的特性

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  • Stubble burning in Punjab, India

抄録

<p>1. はじめに</p><p> 近年、デリー首都圏を含む北インドでは、大気汚染が深刻な社会問題となっている。大気汚染の指標となるPM2.5濃度は、10月から翌3月までの乾季の間、基準値を大幅に超過し、住民の日常生活に支障をきたすだけでなく、健康被害を引き起こしている。大気汚染の原因は、工場の排煙や車の排気ガス、砂塵、気象条件、ディワーリーの祭りの花火などあるが、特に10月下旬から11月に首都圏の大気質を極端に悪化させる要因として、近隣州で行われる農業残渣物の焼却(以下、野焼き)があげられる。</p><p> デリー首都圏に近接するインド北西部、ハリヤーナー州とパンジャーブ州では、1960年代末に始まった「緑の革命」以降、稲とコムギの二毛作が確立されたが、コムギの藁が家畜の飼料用に利用される一方で、稲藁は利用価値が乏しく、1980年代に大型のコンバインハーベスターが導入されると、収穫後の耕地に刈り残された稲株を、コムギ播種前に除去するために野焼きが行われるようになった。半乾燥地帯における穀物二毛作は、地下水資源の枯渇を招くことになり、2009年にパンジャーブ州政府は6月10日以前の稲移植を禁止した。その結果、稲の栽培期間が後ろ倒しになり、稲の収穫からコムギの播種までの期間が短くなったことで、野焼きが急増する事態となった。</p><p> 農家に野焼きを止めさせるために、連邦政府・各州政府は、罰金付取り締まり、残渣物処理機械への補助金、稲以外の作物への転換など、さまざまな対策を講じてきた。しかし、野焼き発生源の特定は、主として人工衛星からの観測情報に頼っており、実際の発生件数・場所とは大きな差があることが既存研究で指摘されている。総合地球環境学研究所プロジェクト「大気浄化、公衆衛生および持続可能な農業を目指す学際研究(Aakash)」では、パンジャーブ州の野焼き削減方策を考えるために、農学、大気科学、公衆衛生学などの研究者が協力して、農家の社会経済的背景、野焼きと大気汚染の関係、大気汚染と健康被害の関係などを定量的・定性的に把握する研究を行っている。</p><p></p><p>2.研究手法</p><p> 本研究では、パンジャーブ州における野焼きの比率・地域性を推定するために、2022年1月から2月にかけて実施した、村落レベルの質問票調査①の結果を紹介する。州内の全150ブロックから各2村を選定して(全315村)、村の農業事情に詳しい代表者から、過去2年間のカリフ季(稲作)・ラビ季(コムギ/ジャガイモ)の栽培状況、残渣物処分状況、農業労働力、農業機械所有数などを聞き取った。また、2020年8月から2021年1月に、全22県で実施した世帯レベルの質問票調査②の結果も参照する。発表者は、2022年10月と2023年8月に現地を訪問し、農家より聞き取り調査を実施した。</p><p></p><p>3.結果</p><p> 質問票調査①で得られた、稲の作付面積から、燃やさずに播いたコムギの作付面積を差し引きすることで全315村の野焼き面積を推計したところ、パンジャーブ州内で明確な地域差がみられた。州北東部のDoaba地方では、農家世帯が少なく、稲作付面積も小さいことから、野焼き比率はもっとも低くなっており、州北西部のMajha地方は、農家世帯は多いものの、輸出用に手刈りで収穫されるバスマティ稲の作付比率が高いことから、野焼き比率は中程度にとどまっている。州南部のMalwa地方で特に野焼き比率が高くなっているが、この地域では稲の収穫日が遅く、コムギの播種までの日数がほとんどないことが明らかになった。質問調査②から、当該地域では、カリフ季の稲、ラビ季のコムギともに、高い単収を得るために栽培期間が長くなる晩生品種が栽培されており、収益の最大化を志向する農家の品種選択が野焼きを引き起こす原因であることが示唆された。また、現地での聞き取り調査からは、不安定な気象状況、残渣物処理機械の利用可能性、品種の入手可能性など、多くの要素が稲収穫からコムギ播種までの作業日数を左右しており、選択肢が少ない農家が野焼きせざるを得ない状況に置かれていることも分かってきた。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390579078735069312
  • DOI
    10.14866/ajg.2023a.0_123
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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