水/氷界面で水と分離する未知の水

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タイトル別名
  • Unknown Waters Separating from Water at Ice / Water Interfaces

抄録

<p>氷点下で川や池の水に氷が張る光景は,冬の訪れを感じさせ,季節に彩りを与えてくれる.冬の代名詞となる程に身近な氷の形成の背景には,結晶化という相転移現象がある.その過程には必ず母相と結晶の界面が介在しており,その界面こそが相転移が進行する現場である.そのため,氷の界面現象の解明は極めて重要である.</p><p>これまでの研究で,水蒸気(気体)と氷の界面に関しては,宇宙・地球環境科学で重要となる氷表面での化学反応や表面融解による疑似液体層の生成機構の観点から精力的な研究が成されており,分子レベルの詳細が実験的にも明らかとなりつつある.このような現状は,界面敏感な非線形分光技術や高さ方向に対し分子レベルの分解能を誇る先進的な光学顕微鏡観察技術など,高度で豊富な実験手法に裏打ちされたものである.しかしながら,こと水と氷の界面に至っては,融液と結晶の界面を直接研究する手法が乏しいため,その身近さとは裏腹に界面現象の詳細は未だに不明な点が多い.そのため,分子動力学計算に基づいた理論的な解析が先行しており,分子レベルの微視的な界面構造に強く焦点が当てられている.</p><p>このような現状の中,著者らは,アンビル型高圧発生装置により水を減圧(加圧)することで融解(成長)する氷や高圧氷と水の界面において,母相の水とは分離した未知の液体が巨視的とも言えるスケールで生成することを古典的な光学顕微鏡その場観察により発見した.すると微視的な視野では想定されてこなかった,未知の水が介在する新しい水/氷界面現象が見えてきた.単成分系液体にもかかわらず水とは分離した別の水が生成する現象自体が奇妙であるが,それだけでなく,未知の水は密度において多様性を持ち,様々な形態とダイナミクスを示しながら氷と水の界面で人知れずうごめいていたのである.</p><p>未知の水は,私たちに馴染みのある氷である氷Ihと高圧氷III,VIの界面において,液滴状や液膜状などの様々な形態で現れることが明らかとなった.特に,氷IIIの界面では,二種のネットワーク状ドメインが入れ子となった形態である両連続的な形態を示した.このような形態は,互いに混ざり合わない二つの液体の混合物がスピノーダル型液–液相分離によって分離する過程において普遍的に見られる形態であり,母相の水と未知の水の不混和性を示唆している.また,液滴の濡れ角はどの氷多形上でも鋭角であり,界面張力の釣り合いを示すYoungの式から,氷と未知の水の界面自由エネルギーは,氷と水のものよりも小さいことが示された.これは,未知の水の構造が水よりも氷に近いことを示唆する観察結果である.氷Ihと高圧氷は,それぞれ,水よりも低密度,高密度であることを考慮すると,水よりも低密度,高密度な少なくとも二種類の未知の水の存在が示唆され,未知の水の局所構造にも多様性があることが明らかとなった.</p><p>これらの観察結果は,これまで進展の遅れてきた水からの氷の結晶化における界面現象の実験研究に対する新たな視座を示し,また,水が氷へと結晶化する際に水と氷の中間のような状態を経由するという過程の存在を実験的に示唆している.本研究により,相転移過程だけでなく,一般的な水とは構造の異なる水の存在が鍵を握るとされる水の特異物性における長年の謎や,液体の本質的理解へと繋がる単成分系における液体多形現象に対しても理解が深まることが期待される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (11), 657-661, 2023-11-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390579522005992704
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.11_657
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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