COVID-19との対峙

DOI
  • 舘田 一博
    東邦大学 医学部 微生物・感染症学講座 医師

書誌事項

タイトル別名
  • −私たちの経験と英知を結集して−

抄録

Ⅰ.はじめに 2019年末、中国武漢市で原因不明の肺炎が流行、2020年早々、その原因が新型コロナウイルスであることが報告された。これまでにも新型コロナウイルス感染症として重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)が報告されていたこともあって、世界中に緊張が走った瞬間である。日本においても1月16日に第1例が、2月初めにはダイアモンドプリンセス号における集団感染事例が確認され、世界中からその動向が注目される事態となった。その後の世界的蔓延はご承知の通りであり、12月末の時点で8,000万人が感染、約180万人の方がお亡くなりになっていることが報告されている。新型病原体ということもあり、感染症の特徴、診断、治療、感染対策に関して手探りの中での対応を余儀なくされた。この間、クラスター対策班などの努力により密集・密閉・密接、いわゆる3密が重要なリスク因子であることが明らかになっている。本原稿を書いているのが2020年12月末である。これから秋冬を迎え感染状況はどのようになっているのか、診断・治療・予防においてどのような新しい事実が報告されているのか。新型病原体に対しては、私たちの経験と英知を結集して対峙する以外に方法はないと覚悟しなければならない。本原稿は長崎医師会雑誌に投稿した内容と一部重複するものであることをご了承いただければ幸いである。 Ⅱ.新型コロナウイルスの特徴 コロナウイルスは、電子顕微鏡的に直径約100nmの球形、表面には突起を有するウイルスとして観察される。その形態が王冠“crown”に似ていることからギリシャ語で王冠を意味する“corona”という名前が付けられた(図1)。ウイルス学的には、ニドウイルス目・コロナウイルス亜科・コロナウイルス科に分類される。脂質二重膜のエンベロープの中にNucleocapsid(N)蛋白に巻きついたプラス鎖の一本鎖RNAのゲノム(30kb)があり、エンベロープ表面にはスパイク(S)、エンベロープタンパク質(E)、膜タンパク質(M)が存在する。ヒト細胞へは、スパイクを介して生体側受容体(アンギオテンシン変換酵素‐2: angiotensin-converting enzyme-2 [ACE-2])に結合し細胞に感染する。 Ⅲ.コロナウイルスの感染性 コロナウイルスは、人だけでなく様々な動物に感染をおこす。イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、ニワトリ、ウマ、ラクダなどの家畜から、イルカ、フェレット、コウモリなどの動物からも固有のコロナウイルスが検出されており、感染した動物に呼吸器症状や下痢などを引き起こす。ヒトの風邪の原因となるコロナウイルス(Human Coronavirus:HCoV)としては4種類が知られており(HCoV-229E、HCoV-OC43、HCoV-NL63、HCoV-HKU1)、風邪の10~15%(流行期35%)はこれらコロナウイルスによるものと考えられている。冬季に流行のピークが見られ、ほとんどの子どもはいわゆる風邪として6歳頃までに本ウイルスによる感染を経験する。人に感染するHCoVと動物に感染するコロナウイルスの間で遺伝子の交雑が生じることにより新型のコロナウイルスが出現する。このような突然変異で生まれた新型コロナウイルスとして重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(severe acute respiratory syndrome coronavirus:SARS-CoV)や中東呼吸器症候群コロナウイルス(Middle East respiratory syndrome coronavirus:MERS-CoV)が報告されている。今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、これまでに報告されているヒトに感染する第7番目のコロナウイルスであり、その感染症は新型コロナウイルス感染症(Corona virus disease-19:COVID-19)と命名された。COVID-19はMERSやSARSに比べれば死亡率は低いものの、高齢者や基礎疾患を有する宿主において高率に肺炎の合併がみられることが特徴である。SARS, MERS, COVID-19の比較を表1に示す。 Ⅳ.新型コロナウイルスの世界への広がり 2019年12月、中国湖北省武漢市において原因不明の肺炎が流行しているという情報が報じられた。2020年1月初めに華南海鮮卸売市場が閉鎖され、1月7日には肺炎の原因として新型のコロナウイルス(SARS-CoV-2)が分離された。1月11日に初めての死亡例が報告される。1月12日に新型コロナウイルスの全ゲノム情報が公開された。1月16日日本における最初の症例が報告され、2月1日には新型コロナウイルス感染症は指定感染症となり、全数届出、積極的疫学調査の対象となった。その後、世界中に本ウイルスの拡散が確認され、世界保健機構は3月11日に本感染症によるパンデミックを宣言した。2020年12月末現在、世界で8,000万人以上の感染が報告され、死亡数も180万人を超えている。世界では毎日70万人以上の感染者が報告され、1日10,000人以上の方がお亡くなりになっている。12月末時点の日本の感染者数は約23万人、死亡者数は約3,200人となっている。 Ⅴ.COVID-19で明らかになった感染様式 前述したように、コロナウイルスは風邪の原因となるウイルスであり、その感染様式としては咳・くしゃみを介する飛沫感染、汚染した手指を介した接触感染が重要であると考えられていた。特にクラスター班の疫学調査によって密集・密接、密閉した場所、いわゆる“3密”が本感染症の伝播において重要であることが明らかとなっている。さらに飛沫感染に加え、近距離での会話(特に大きな声での発声)による5マイクロメーター前後の小さな飛沫(マイクロ飛沫)に含まれるウイルスを吸入することにより感染が広がることが示された。本ウイルスは、唾液腺にも感染し唾液中にも高濃度に存在する。近距離での大声での会話により小さな唾液粒子(マイクロ飛沫)が排出され、これを吸入することにより感染が伝播される。最近の報告では、マスクの使用が会話時に発生するマイクロ飛沫の飛散を効果的に抑制することが示されている。米国CDCやWHOもCOVID-19感染伝播抑制におけるマスク着用の有用性を支持するとしている。 Ⅵ.COVID-19クラスターが発生した状況の解析 これまでにCOVID-19のクラスターが発生した事例としては、ライブハウス、スポーツジム、カラオケ、屋形船、接待を伴う飲食業などが多く、これらの事例においても上記の3密、あるいはマイクロ飛沫による感染伝播が原因と考えられている。最近では、市中への本ウイルスの蔓延がみられており、友人同士の会食や職場・学校、合宿所などでの集団感染事例が報告されていることに注意しなければならない(図2)。特に高齢者や免疫不全宿主が多い老人ホーム、リハビリセンター、医療機関における集団感染対策は極めて重要である。 図3にインフルエンザとCOVID-19の感染伝播様式を比較して示した。インフルエンザでは実効再生産数が2の場合(1人の感染者から2人の感染者が発生する)、感染者数は2人、4人、8人と指数的な増加がみられることになる。一方、COVID-19の場合、ある感染者から5人に感染がみられても、そのうちの4人からは次の感染伝播は生じず、残りの1人が感染を伝播するような拡散形式を示すことが想定されている。しかもCOVID-19では、無症状の感染者(キャリアー)の存在も明らかになっており、これがCOVID-19の感染伝播の特徴であり、感染対策の難しさの要因となっている。ただし、インフルエンザでは国内で年間1,000万人以上の感染者が報告されることがあるのに対し、COVID-19ではまだ発生してから9か月の成績であるが、約8万人の感染者にとどまっていることを改めて認識する必要がある。新型感染症として出現したCOVID-19に対して、発生初期に最悪を考えながら対応することは危機管理上極めて重要である。第一波、第二波を経験する中で、このウイルスの伝播様式、感染リスク、臨床的特徴などに関する情報と経験が蓄積される中で、さらに効果的かつ持続可能な対策の徹底が求められるようになっている。 Ⅶ.発症病態・重症化機序における新しい知見 新型コロナウイルスは肺胞上皮細胞に存在するリセプター(ACEⅡ)を介して細胞に感染し肺炎を引き起こす。その後、このリセプターは肺以外の臓器や細胞にも発現していることが明らかになり、COVID-19の感染病態・重症化機序を考える上で重要な知見が得られている。特に血管内皮細胞にもACEⅡが発現しているという事実は重要であり、本細胞に新型コロナウイルスが感染し血管内皮細胞障害と凝固因子の放出が相まって、血栓形成が進行することが報告されている。COVID-19で亡くなった12例の剖検例において、7人(58%)で生前には疑われなかった深部静脈血栓が確認されたことが報告されている。COVID-19で明らかになっている血栓形成の促進は、本症の重症化機序を考える上で重要である。 (以降はPDFを参照ください)

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390580704332183424
  • DOI
    10.24635/jsmid.46.1_5
  • ISSN
    24337307
    13431439
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用可

問題の指摘

ページトップへ