カムランドによる地球ニュートリノ観測でひもとく地球熱史
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- 川田 七海
- 東北大学ニュートリノ科学研究センター
書誌事項
- タイトル別名
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- Revealing the Thermal History of the Earth through Geoneutrino Measurement with KamLAND
抄録
<p>地球が地殻–マントル–コアの三層構造を持つことは19世紀に始まった地震波観測で明らかになった.地球化学は地球の材料と考えられるコンドライト隕石や地表での岩石サンプルの組成から地殻とマントルの平均組成を推定している.しかし,地球深部物質と同等の岩石サンプルを得るのは特に困難で,どのような種類の隕石が地球を作ったかも未確定なため,地球化学による組成推定には本質的な不定性がある.</p><p>また,地球はただの岩の塊ではなく生きており,地球進化の歴史を考える上では,プレート移動,火山,地震,地磁気といったダイナミクスを駆動する熱源を理解することも欠かせない.地表での熱流は47±2 TWと見積もられており,その熱源としては地球誕生時から残る原始熱のほかコア成長による潜熱や放射性物質に由来する放射化熱が考えられる.</p><p>地球内部の放射化熱量については,地震波観測結果とマントル対流モデルに基づく予測(High-Qモデル),揮発性物質に富み太陽系の始原物質を含むとされる炭素質コンドライト隕石の組成に基づく予測(Middle-Qモデル),いくつかの元素の同位体比が地球とよく合うエンスタタイトコンドライト隕石の組成に基づく予測(Low-Qモデル)などが存在するが,それぞれ異なる量を予測している.</p><p>ここで鍵となるのが地球ニュートリノである.地球ニュートリノは地球内部でウラン,トリウム,カリウムといった放射性元素の崩壊系列から発生し,その高い透過性により地球内部をほとんど素通りして地表に到達する.地表での地球ニュートリノ量を測定すれば,地球内部の放射性物質量を直接決定でき,放射化熱量も計算できる.また,放射性元素毎に異なるエネルギーの地球ニュートリノを発生するから,そのスペクトルから元素毎の存在量,つまり地球内部の化学組成を直接検証できる.さらに,地球ニュートリノ観測結果で地球モデルを検証することで,地球進化の歴史や地球内部のダイナミクスに迫ることができる.</p><p>これまでに日本のカムランド実験とイタリアのBorexino実験が地球ニュートリノ観測結果を報告しており,SNO+(カナダ),JUNO(中国)などが観測の準備を進めている.その中でもカムランドでは,1キロトンの超高純度液体シンチレータを用いてウラン,トリウムからの地球ニュートリノを2002年から20年以上にわたって観測しており,現状最高の統計量を有する.さらに,2011年の東日本大震災により国内の原子炉が停止したことで最大の背景事象である原子炉ニュートリノが大幅に減少し,カムランドによる地球ニュートリノ観測精度は飛躍的に向上した.</p><p>その結果,ウラン,トリウムからの地球ニュートリノフラックスは14.7+5.2-4.8, 23.9+10.2-10.0[105/cm2/s]と得られた.この結果を放射化熱に換算し種々の地球モデルと比較したところ,地震波観測に基づきマントル一層対流を主張するHigh-Qモデルは地球ニュートリノ測定結果と矛盾することが判明した.これは,マントルが複数層の対流構造を持つことを示唆している.観測精度をさらに向上し地球モデルを決定することで,地球を形成した隕石の種類を解明するのが地球ニュートリノ観測の次の目標である.</p>
収録刊行物
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- 日本物理学会誌
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日本物理学会誌 79 (3), 117-122, 2024-03-05
一般社団法人 日本物理学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390580837583117952
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- ISSN
- 24238872
- 00290181
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可