五島キリシタン-仏教集落の社会的統合に保育所が果たした役割と残存する不平等

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  • The role of nurseries in social integration and remaining inequalities between Christian and Buddhist settlements in Goto

抄録

<p>Ⅰ.はじめに</p><p> 五島列島では独自の文化的景観を有するキリシタン集落と仏教集落が隣接して分布する。キリシタンの入植時、彼らが使用できる土地は限られた。そのため仏教集落が台地上の比較的平坦な土地に位置する一方、キリシタン集落では家屋が急斜面や海岸付近に密集しており、土砂災害リスクの高い場所も多い(原ほか2023)。</p><p> 社会的地位と災害リスクの関係に関して、既往研究では人種差別により都市内部で不平等な居住地分布が作り出され、マイノリティに様々なリスクが集中していると指摘されてきた(石山1999)。東日本大震災以降は都市内部の問題とみなされてきた研究を昇華させ、都市―農村関係を念頭に原子力政策がもたらす社会的不平等についての議論も展開されている。日本の農山漁村でも村落内部に明確な社会階層が形成されてきたことが指摘されつつある(Sanada 2019)。しかし、こうした農山漁村に存在する社会経済システムが特定の社会集団にリスクを押し付けるメカニズムは未解明のままである。本報告では長崎県五島市岐宿地区に位置する仏教集落(A集落)とキリシタン集落(B集落)を事例に、人々の「語り」を基礎に、両地域での社会経済システムと社会的不平等の実態を示す。その上で、A集落内に設置された保育所が社会的不平等の縮小に果たした役割を明らかにし、これに高リスク地域に特定の社会集団が残存するメカニズムについての検討を加える。</p><p></p><p>Ⅱ.対象地域の概要:異なる社会経済システムの特徴</p><p> A集落:地域の土地条件に合わせ畑作や稲作が展開されてきた。1960年代までは稲作が主要な現金収入源で、同時に水田からの稲藁の調達が効率的な農耕、家畜飼養を可能にした。そのため労働生産性はB集落に比べて高い水準にあった。相対的に恵まれたA集落には地域内に互助的福祉システムが成立し、貧困者向け郷住宅や地域の住民同士の積立金の貸付制度が存在した。</p><p> B集落:土地が限られるため、斜面開拓により畑地を確保してきた。劣悪な土地条件に加え、肥料確保等に労働力が割かれたため、労働生産性が相対的に低い状況におかれた。さらに宗教上の理由から出生率が高く、集落内の修道院が口減らし先として互助的機能を果たしたものの、経済的に困窮する世帯が多くみられた。</p><p></p><p>Ⅲ.1950年代後半以降の保育所の増設と社会的統合の進展</p><p> A集落とB集落はいずれも同一の小中学校の学区内に位置する。そのため1950年代生まれ世代までのB集落出身者は経済的・宗教的な違いを背景に幼少期に差別的な扱いを受けた経験を有する。</p><p> 旧岐宿町では戦中から戦後にかけての労働力不足を背景に女性の就業へのニーズが高まり、1950年代後半までに修道院が経営する保育所増設への機運が高まった。これに対する地域からの抵抗は大きかったものの、修道院は養蚕に代わる現金収入を確保する点、宗教に対する理解を得るきっかけとなり得る点から開設を決定した。1963年、A集落に修道院が経営する保育所が設立されたものの、当初はA集落ではキリスト教徒に対する差別的な認識から、保育所の利用希望児はA集落の一部の者に留まっていた。これに関してA集落出身者、B集落出身者、保育所関係者へのいずれの聞取りのなかでも、保育所での保育は修道女によって担われていたものの、宗教色は薄く、子どもの発達・発育の段階に即した適切な保育実践が行われていたことが確認された。そのため、A集落でも次第に保育所に対する信頼度が高まり、保育所の入園希望者が増加し、その結果、修道院が経営する保育所が周辺にも相次いで増設されることとなった。その後、保育所の開設によって両集落間での相互理解が進んだことで、B集落出身者の就業機会が拡大したり、集落を越えた婚姻もみられたりするようになった。このことからも保育所の開設が両地域の間での不合理な社会的不平等を低減させ、社会的統合の進展に寄与したといえる。</p><p> 定量的に示すことは困難であるものの、聞取り調査から就職や婚姻を機に土地条件に恵まれないB集落から他地域へと移動する者が一定数確認された。現在、B集落では一部の水産事業者が残存するものの、相対的に人口減少が著しく、過去に開拓された耕地の放棄が進んでいる。その結果B集落では従来以上に災害リスクが上昇していると考えられ、こうした高リスク地域に移動が困難な低所得、高齢な世帯や、社会的統合を進めた保育所の運営に尽力した高齢の修道女が残存するに至っている。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390581334682924032
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_200
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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