杓子沢雪渓で掘削したアイスコアの花粉分析

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  • Pollen analysis of ice cores excavated from Shakushisawa snow patch

抄録

<p>はじめに</p><p>日本海側の山地では多くの多年性雪渓が分布する.特に飛驒山脈ではその数が多いことが知られている.そのうち,小窓雪渓,三ノ窓雪渓,御前沢雪渓,池ノ谷雪渓,内蔵助雪渓,カクネ里雪渓,唐松沢雪渓は,厚い氷体の存在と流動が観測され,現存氷河であることが確認された(福井・飯田,2012;福井ほか,2018;有江ほか,2019).しかしながら,積雪が氷へと変態する氷化過程は明らかでない.氷化過程を明らかにする際の課題として年層境界の判読がある.明確な涵養域が存在しない日本の氷河・多年性雪渓において,年層境界の判読には汚れ層が用いられてきた.汚れ層は融雪期間中に大気中の塵や砂礫等が雪面上に集積した層である.この層上には次の涵養期の積雪層が形成されるため,多くの氷河・多年性雪渓において年層境界とみなされてきた.松田(1976)は,大雪山の3つの雪渓において内部構造の調査を実施し年層境界の判定基準について報告した.調査結果から,上位積雪層が下位積雪層を不整合で覆っていること,不整合面内に腐植土が含まれていることが年層境界の判定基準とされたが,年層境界の判定は必ずしも容易ではないと報告した.雪崩涵養型雪渓では,その涵養形態から積雪層内に雪崩起源の汚れが厚く堆積する可能性があり,年層の誤認を招く可能性がある.そこで本研究では,氷河の年代測定に用いられる花粉分析と酸素同位体比分析を用いて杓子沢雪渓における年層および汚れ層の評価をおこない,氷化過程について考察した.</p><p>手法</p><p>2022年10月14~15日と2023年9月18日に杓子沢雪渓においてアイスコア掘削を実施した.持ち帰ったサンプルは4~6cm間隔に切り分け,千葉大学において各サンプルに含まれる花粉の濃度と酸素同位体比の傾向を分析した.花粉の濃度は,Nakazawa et al.(2004)の手法を参考に,10mlあたりの種ごとの花粉濃度を求めた.花粉はハンノキ属,カバノキ属,マツ属,スギ,ヨモギ属のグループに分類した.また,研究室で取得した2017年~2023年秋のセスナ機空撮画像を用いてSfM-MVSソフトにより,DSMとオルソ補正画像を作成した.作成したDSMから年度ごとの地表面変化を求め,杓子沢雪渓の単位面積あたりの質量収支を算出した.また,春と秋の差分から涵養深を求め,フィルン-氷遷移層にかかる上載荷重を算出した.</p><p>結果</p><p>2022年10月に設置していたポールの高さと花粉分析の結果から,汚れ層と年層は一致しないことが確認された.より深部についても,汚れ層が形成されていない層で花粉濃度のピークが確認された.このことから,汚れ層を年層境界として用いると氷層の形成にかかる期間や氷体の年齢を少なく見積もってしまう可能性があることがわかった.d-excessも概ね花粉濃度のピークと連動したピークを示しており,両者の変動を比較することで年層の推定が容易になることが示された.また花粉分析から推定した年層と算出した測地学的質量収支の結果を重ね合わせると,花粉濃度のピークが不明瞭な層と質量収支が負の年の層が概ね一致することがわかった.</p><p>考察</p><p>2度の掘削と花粉分析の結果から,堆積してから少なくとも2年間は全層が氷化していないことが明らかになった.このことは,杓子沢雪渓における主要な氷化過程が,高密度化したフィルンの間隙水が寒気侵入により急速に氷化する雪ごおりの形成プロセスではないことを示している.よって,杓子沢雪渓における氷化過程の主要なプロセスは海外の温暖氷河と同様に圧密氷化である可能性が高いと考えられる.毎年の涵養量を全層平均密度500~600kgm-3(松山,1998)として掘削地点にかかる実際の上載荷重を計算すると,0.06~0.12MPaとなる.Kawashima and Yamada(1997)が示した海外の氷河のフィルンと氷体の遷移層にかかる上載荷重を推定値と比較すると,それらと同等の数値が得られた.つまり,毎年春にはフィルン-氷体遷移層に海外の氷河と同等の荷重がかかっていることになる.このことは杓子沢雪渓の氷化過程の主要なプロセスが圧密氷化であることを裏付けている.しかしながら,杓子沢雪渓はその涵養形態から標高の低い位置に存在するため,春から秋にかけて多量の雪が融解し,荷重が急速に減少することが考えられる.昨年度現地の掘削孔内に設置していた地温計のデータからは,4月11日に急激に温度が0℃まで上昇しその後0℃の温度を保ったまま融雪末期を迎えたことが確認された.これは,4月中旬に融解が始まり,帯水層が形成され始めたことを示す.そのため,井上ほか(2023)で示された4月中旬~7月末の限られた期間での圧密進行と同じ場合,杓子沢雪渓では2~5年の期間で圧密氷化が完了すると考えられる.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390581334683011072
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_275
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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