カラコラム北部,シムシャール村における社会変容と牧畜の維持戦略

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タイトル別名
  • Social changes and strategies for sustaining pastoralism under modernization in Shimshal, northern Karakoram

抄録

<p>はじめに カラコラム北部に位置するシムシャール村(標高3,000 m)は人口約2,500人の小さな村である。2003年までは村に通じる自動車道路がなかったことから,外界との接触がきわめて少ない村であったが,2003年の道路開通以来,観光客・トレッカーや,トロフィー・ハンティング(野生動物の狩猟)を目的とした観光客が増加している。本研究では,教育の推進,観光開発およびトロフィー・ハンティングによって,シムシャール村の社会的変容が牧畜活動にどのような影響を与え,住民がどのように牧畜業を維持しようとしているのかを議論した。調査地域 シムシャール村では3つの谷でヤク,ヒツジ・ヤギの放牧を行っている。このうち最大頭数を放牧している谷はシムシャール峠を含む一帯でフンジェラブ国立公園に属している。この一帯の放牧についてはきわめて簡単な記載があるが(Kreutzmann 2020),ルプガール谷とグージェラブ谷における放牧の実態についてはまったく記載がない。ルプガール谷は保護地域外にあり,グージェラブ谷は国立公園内にあったが,2003年にシムシャール村が管理する狩猟地域 (Shimshal CCHA)に指定変更された。現地調査は2022年6月および2023年6〜7月に実施した。牧畜業の変容 シムシャール峠を含む谷(以下,峠地域と呼ぶ)では,冬には約1,000頭のヤクが4,000 m以上の高所で放牧され(Zo Shupunと呼ばれる輪番制で9人の男性が世話をする),また,冬には3,000〜4,000頭のヒツジ・ヤギが村で飼われている。5月にヒツジ・ヤギを村から峠地域に移動させ(Pamir Kuchという),ヤクと合流させる。夏の間は女性がヤクを含むすべての家畜の世話をしてきた。9月にヒツジ・ヤギを村に下ろし(Dior Kuch),次いでその年に生まれたヤクと肉として販売するヤクのみを村に下ろし(冬には子ヤクはヒツジ・ヤギと一緒に村で飼育する),残りのヤクは冬にZo Shupunによって放牧される。また,ルプガール谷では,2010年までは冬季にヤクを放牧し,春から秋までは1,000〜2,000頭のヒツジ・ヤギをヤクに合流させ,高所で放牧をしてきた。グージェラブ谷では2010年までは約150頭のヤクを峠地域に移動させて峠地域のヤクと合流させ,春から秋にはグージェラブ谷に戻して約730頭のヤギと合流させた。すなわちグージェラブ谷の家畜は通年で村から遠く離れた高所のみで放牧していたことになる。峠地域のヤクは2022年時点では748頭が登録されていた。ルプガール谷では2010年にヤクの放牧をやめた。谷ではせいぜい20頭ほどのヤクを放牧しているに過ぎない。ヒツジ・ヤギは峠地域では2022年の登録頭数は3,197頭であった。ルプガール谷では1,000〜2,000頭,グージェラブ谷では約2,000頭が春から秋に放牧されている。家畜の放牧はシムシャールの人にとって困難を極めている。夏の家畜の世話は,長い間女性によって行われてきたが,教育推進による女性の高学歴化と都市社会での役割の増加で労働力不足に陥った。その適応戦略として,2010年に,すべての谷でコミュニティ全体の家畜を世話する輪番制を導入した。各世帯の所有頭数に応じて分担日数が決まり,家畜所有世帯から性別を問わずに輪番に参加する。家畜の販売価格 ♂と♀のヤクの価格は,2007年にはそれぞれ3.5~4.0万ルピー,1.5〜2.5万ルピーであったが,2023年にはそれぞれ23万ルピー,13万ルピーに上昇している。村全体では毎年約100頭のヤクを販売している。トロフィー・ライセンス料金 2021〜22年の狩猟期間には,12件のライセンスを発行し,村はライセンス料の80%の1,931万ルピー(87,784ドル)の収入を得た(2005〜06年の収入は4,000ドル)。牧畜維持の理由 ヤクが彼らのアイデンティティであるという事実と,ヤクの販売価格の大幅な上昇によって,彼らは牧畜を維持している。一方で,村ではトロフィー・ライセンスの発行数を増やしたいと考えている。ヤクの価格とトロフィー・ライセンスによる収入の変動は,牧畜の将来の持続可能性に決定的な影響を与える。</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390581334683028096
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_311
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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