中性子星の温度観測と標準模型を超える物理の探索

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タイトル別名
  • Exploring Physics Beyond the Standard Model via Temperature Observations of Neutron Stars

抄録

<p>2012年のヒッグス粒子発見により,素粒子の標準模型は確立されつつある.しかし素粒子物理には多くの未解決問題が残されており,それらの謎を解くための様々な新しい理論(標準模型を超える物理)が提唱されている.近年,こうした標準模型を超える物理を探索する手段の一つとして,中性子星の温度観測が注目を集めている.</p><p>中性子星は太陽と同程度の質量を持ちながら半径がわずか10kmほどしかない超高密度(コンパクト)天体だ.1968年にパルサーとして発見されて以来,これまでに3,000個を超える天体が見つかっている.</p><p>外部から孤立した中性子星の温度は,ニュートリノ放射および電磁放射によって時間と共に冷えていく.その基本的な過程は中性子星の標準冷却理論として確立しており,中性子星の表面温度の時間発展の観測とも概ね合致している.</p><p>中性子星の標準冷却理論は素粒子の標準模型に基づいている.しかし,標準模型を超える物理が存在すると,その影響によって中性子星の冷却過程が修正を受けうる.したがって,修正された理論予言と温度観測とを照らし合わせることで,標準模型を超える物理の兆候を得たり,新物理模型を制限したりできる可能性がある.</p><p>新物理が中性子星冷却に与える効果は,大きく分けて過冷却効果と加熱効果の2つに分類することができる(右概念図).過冷却を引き起こす新物理の代表例がアクシオンである.アクシオンは非常に軽く中性子や陽子と微弱な相互作用を持つため,ニュートリノと同様に中性子星の内部から放出され,中性子星の冷却に寄与する.近年こうしたアクシオンによる中性子星の過冷却の研究が複数行われており,例えばカシオペアA中性子星の表面温度の観測と理論の比較から,アクシオンの結合定数fa(相互作用の強さの逆数に比例する量)に対してfa>(5–7)×108 GeVという制限が与えられることがわかった.これは現在知られているアクシオンへの制限として最も強いものの一つとなっている.</p><p>一方,新物理による中性子星の加熱の例としては,暗黒物質の捕獲がある.暗黒物質が中性子星に衝突・散乱すると,運動エネルギーを失って中性子星の重力ポテンシャルに捕らえられる.この際の衝突エネルギーや,その後の中性子星内部での暗黒物質どうしの対消滅は,中性子星の新たな加熱源としてはたらく.特に年齢106年以上の古い中性子星においては,電磁放射による冷却と暗黒物質捕獲による加熱がバランスし,温度が2,000–3,000 Kで平衡状態に達する.この温度観測による暗黒物質探索は,直接検出実験や加速器実験による探索と相補的な役割を果たす有力な手法になり得ることがわかってきた.</p><p>中性子星の温度観測による新物理探索の研究は現在も進展を続けている.例えば,暗黒物質による中性子星の温度上昇の検証可能性に関して,中性子星自身に内在する加熱源の影響を加味した新たな解析も行われている.今後も,中性子星の理論計算の進展,および観測データの蓄積によるさらなる検証が必要である.また,アクシオンや暗黒物質以外の新物理に関しても,中性子星の温度観測を利用した研究が進むと期待される.</p><p>今後は,地球近傍の中性子星の発見の可能性も含め,中性子星の温度観測の例が増えていくと考えられる.中性子星の温度観測による新物理探索のさらなる発展に期待したい.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 79 (5), 242-247, 2024-05-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390581533760173184
  • DOI
    10.11316/butsuri.79.5_242
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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