手描き世界地図における記載内容の規定要因

書誌事項

タイトル別名
  • Determinants of the Contents Expressed in Sketch Maps of the World

説明

<p>手描き地図を通して世界のイメージあるいはメンタルマップを把握しようとする試みは,過去半世紀以上にわたり繰り返し行われてきた(サーリネン1976など)。そこでは,手描き地図にみられる差異と共通性,そしてそれらを生み出す背景が様々に議論され,例えば国の近接性,形状,国際情勢といった各種の規定要因も示された。また,この手法はしばしば地理教育の観点から生徒・学生の世界認識を議論する際にも用いられてきた(森本 2007)。このように,手描き地図を手法とした研究には多くの蓄積があるものの,多くの研究では生徒・学生を協力者として手描き地図を収集しており,この点に議論の余地がある。例えば,1980年代後半に世界52カ国から3,500以上の手描き世界地図を収集したThe Parochial Views of the World studyでは,地理学の科目を履修した大学生がその対象となった(Saarinen 1999)。これは,基礎教育を完了し,地理に対してある程度の関心をもつ集団を選択したためとされる。このような選択は,結果の解釈を容易にしたり,世界各国からのデータ収集の実現可能性を高めたりする点で有効な手法であったと考えられるものの,そこから示されるのはあくまで大学生の世界認識に限定される。</p><p> 本報告は,「都市的ライフスタイルの選好に関する地理的社会調査」(GULP)(埴淵 2022)の追跡調査に連動して収集された手描き世界地図のデータを用いて,この課題に取り組むものである。同調査ではGULPの追跡調査回答者のうち地図調査票の送付に同意した1,400名(東京特別区・政令指定都市に居住する20-60代)に対して,郵送による配布・回収が行われた(最終有効回収数は957,回収率は68.3%)。対象は大都市居住者であり,先行のインターネット社会調査の回答者に限られるという限界はあるものの,学生など特定の集団ではなく,多様な背景(年齢,学歴,職業など)をもつ一般人口集団であるといえる。</p><p> 収集された世界地図は一見して多様であり,記載事項に含まれる項目やその数,形状,配置などに特徴がみられた。本報告では,国・地域名の記載(位置や国境の有無を問わず文字で判定)についての全体的な集計・分析の結果を紹介する。記載率の高い国・地域は,日本を除くとオーストラリア,中国,ロシア,アメリカなどであり,逆に記載数がゼロの国・地域もみられた。この記載数を説明する回帰モデルを考え,先行研究において指摘された各種の規定要因を操作的に定義した独立変数を用いて分析を行ったところ,面積や国際情勢(新聞記事件数)などについておおむね予想どおりの結果が得られた。また,同データは先行して実施された社会調査の回答データと紐づいており,手描き地図を作成した回答者の属性や経験と組み合わせた分析が可能である。そこで個人単位の記載国・地域数を従属変数とする回帰分析を行ったところ,年齢のほか,学歴,海外訪問国数,方向感覚などが有意な正の関連を示した。他方で,性別や科目「地理」履修の有無とは関連を示さなかった。多様な個人属性が国・地域の記載数に関連していたことは,一般人口集団を対象とした本研究の一つの知見であり,大学生など特定の層に限らない,さらなる研究の必要性を示唆するものである。</p><p> 今後は,手描き地図作成者の個人属性と記載対象となった国・地域の特性,またそれらの交互作用も同時に考慮したモデルによる詳細な検討が求められる。また,国・地域以外の多様な記載項目を定量化すること,それを含む非言語的・視覚的な調査データの公開を通じて,地理学の観点から社会調査データの新たな分析可能性を提示していくことも課題となる。</p><p>サーリネン, T. 1976.学生のもっている世界観.ダウンズ・ステア編, 吉武泰水監訳『環境の空間的イメージ』鹿島出版会, 162-176.</p><p>埴淵知哉 2022. 『社会調査で描く日本の大都市』古今書院.</p><p>森本 泉 2007. メンタルマップにおける世界認識分析―大学生が頭の中で描く世界. 明治学院大学国際学研究 32: 37-53.</p><p>Saarinen, T. 1999. The Eurocentric nature of mental maps of the world. Research in Geographic Education 1(2): 136-178.</p><p>謝辞:本研究は公益財団法人三菱財団の助成を受けたものである.</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390583159491628672
  • DOI
    10.14866/ajg.2024a.0_179
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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