表面超構造超伝導体 : 実験的検証とジョセフソン渦の観測(最近の研究から)

  • 内橋 隆
    物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)

書誌事項

タイトル別名
  • Superconducting Surface Reconstructions : Experimental Demonstration and Observation of Josephson Vortices(Research)
  • 表面超構造超伝導体 : 実験的検証とジョセフソン渦の観測
  • ヒョウメン チョウコウゾウ チョウデンドウタイ : ジッケンテキ ケンショウ ト ジョセフソンウズ ノ カンソク

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抄録

一般に超伝導体というと三次元,または擬二次元のバルク物質を思い浮かべるが,原子スケールの厚さしかない二次元超伝導体は存在するだろうか?低次元系ではゆらぎの効果が顕著になり,有名なMermin-Wagerの定理によると,連続秩序変数で記述される理想的な二次元系では,長距離相関をもつような相転移が有限温度で厳密に禁止される.そのため,多くの研究者が答えは否だと考えてきたようである.しかし,二次元系ではKosterliz-Thouless-Berezinskii(KTB)転移が起こり得るので,その転移温度以下では距離の関数としてべき乗に依存してゆっくりと減衰するような相関が生じる.この時,相関長が試料サイズよりも大きくなると系全体がコヒーレントな超伝導状態が実質的に発現するが,これはMermin-Wagerの定理とは矛盾しない.以上のことはすでに1970年代にはわかっていたが,ごく最近まで実験的に原子スケールの厚さしかないような二次元超伝導体の存在は良く認知されていなかった.例えば,鉛などの薄膜金属超伝導体の膜厚を小さくしていくと,多くの場合原子スケール厚さに到達する前に超伝導性は失われてしまう.理論的には,試料の面抵抗値が量子抵抗h/4e^2(=6.45kΩ)よりも十分に小さいという条件を保ったまま,膜厚を原子スケール厚さにすることができれば,超伝導状態を保つことができるはずである.しかし,これまで電子輸送測定に使われてきた試料はグラニュラー状またはアモルファス状の薄膜だったので,この条件を満たすことは難しかった.ところが,この状況を打破するような新展開が,思わぬところから現れた.研究の舞台は,長い間超伝導や低温物性実験とは縁遠い分野だった,表面物理学である.シリコンなどの半導体基板の清浄表面に単層レベルの金属原子が吸着すると,独特の配列構造をとった表面超構造が形成される.最近,半導体表面超構造の液体ヘリウム温度レベルでの低温物性測定が可能となり,このような系で超伝導が発現することが確定的になった.まず,2010年に中国清華大学のグループで走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた局所トンネル分光測定により,三種類の表面超構造に対して1-3Kにおける超伝導転移が観測された.その報告を受けて,翌年筆者のグループによって,Si(111)-(√<7>×√<3>)-In表面超構造に対して電子輸送測定によって超伝導転移が直接に観測され,さらに別の系についても東京大学のグループによって電子輸送測定により明らかにされた.十分に薄い二次元超伝導体では,磁場の印加によって超伝導渦(vortex)が発生することが期待される.2014年には,筆者らの物質・材料機構のグループと東京大学物性研究所のグループが共同で,試料表面上の原子ステップに捕捉された超伝導渦がジョセフソン渦としての性質を有することを見出した.これは,原子ステップがジョセフソン接合として働くことを明瞭に示しており,超伝導体として原子スケール厚さしかもたないことの重要な帰結である.半導体表面超構造における超伝導の発見は,単に原子スケール厚さの超伝導体が存在することを実験的に示したことに留まらない.そこでは空間反転対称性の破れから生じる大きなラシュバ効果や,巨視的な超伝導物性に現れる表面敏感性などによって,エキゾチックな現象が発現する可能性がある.また,この系は,超伝導を表面科学の立場から研究することを可能にするという意味でも,非常に興味深い.本稿では,筆者のグループの研究を中心に,表面超構造における超伝導現象とその測定法について紹介する.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 71 (3), 164-169, 2016-03-05

    一般社団法人 日本物理学会

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