溶液内光異性化反応における化学動力学

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タイトル別名
  • Photoisomerization Dynamics in Solution
  • ヨウエキ ナイコウ イセイカ ハンノウ ニ オケル カガク ドウリキガク

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抄録

<p>凝縮系の化学反応を理論的に記述するために,様々な提案がなされている.その中で,主に利用されているモデルの一つが,溶媒環境に関する誘電体媒質モデルがある.溶媒効果を取り込むために,溶媒により発生する環境を「連続する媒質」と考える理論である.具体的には,溶質あるいは反応分子は,ある一定の空間を作り,その空間の中に存在する.さらに,その空間より外は,溶媒分子により決められた誘電率を持つ連続媒質と仮定する.そして,このモデルに基づき溶質分子の電子状態を解くことが,計算化学では一般的である.この方法は,溶媒に関するシミュレーションなどを不要とするため,計算コストが低く実験研究者にとっても容易に計算ができる非常に優れた手法であり,一定の有効性がある.しかし,異なる溶媒分子ではあるが,誘電率がほぼ同じ溶媒分子が存在する場合,誤った結果を生む場合がある.</p><p>このような状況の中,我々は凝縮相での化学反応において溶媒分子を明示的に考慮する計算方法を開発した.この方法では,溶質分子の電子状態を量子論に基づき直接解き,力場などの情報を得る量子論に基づくQM(Quantum Mechanical)モデルと,溶媒分子を,従来から分子動力学(Molecular Dynamics, MD)シミュレーションにて利用されている部分電荷を持つ分子力場と考える分子力学に基づくMM(Molecular mechanical)モデルから構成される.つまり,量子論と古典論を混合したQM/MMモデルと呼ばれる.さらに,溶媒分子による遠距離相互作用をもたらすクーロン力を考慮するため,Ewald総和法を導入する.誘電体媒質モデルと比較すると,化学反応に伴う個々の部分電荷を持った溶媒分子の運動も,正確に考慮することができるモデルとなる.</p><p>そしてこの方法を,溶液内光異性化反応へ応用し,溶媒分子に依存し反応収率や電子励起状態の性質が異なることを,初めて示すことに成功した.具体的には,二つの光異性化反応(i)メタノール溶媒における(Z)-ペンタ-2,4-ジエンイミニウムカチオン(PSB3)および(ii)エタノール/ヘキサン溶媒における1,3-シクロヘキサジエン(CHD)へ応用し,凝縮系における光化学反応ダイナミクスの特異性を解析した.</p><p>PSB3の光反応においては,類似分子で観測された異性化における生成比率の傾向を再現し,二つの寿命を持つ理由を見出した.特に,溶媒を明示的に考慮する全く異なった理論に基づく結果を再現することができたことが,とても興味深い.</p><p>さらに,ヘキサンおよびエタノール溶媒を用い,ほぼ無極性の溶質であるCHDの励起状態での挙動に対する溶媒効果を解明した.エタノール溶媒中では,CHDは励起状態で極性を示し,励起状態の寿命や生成比が,気相での結果と類似することを見出した.ところがヘキサン溶媒中では,CHDは無極性を保持し長寿命となり,生成比においてヘキサトリエン(HT)が多く生成するエタノール溶媒中や気相の結果と真逆になった.</p><p>このように,溶質と溶媒間の微視的相互作用が反応に大きく影響を与えることが判明した.ここで得られた結果は,一般の凝縮相での化学反応においても重要になるものと思われる.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 73 (2), 85-90, 2018-02-05

    一般社団法人 日本物理学会

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