有機スピン液体物質における量子臨界現象とスピン–格子デカップリング現象の発見

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タイトル別名
  • Quantum Criticality and Spin-Lattice Decoupling in an Organic Spin-Liquid Insulator
  • ユウキ スピン エキタイ ブッシツ ニ オケル リョウシ リンカイ ゲンショウ ト スピン-コウシ デカップリング ゲンショウ ノ ハッケン

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抄録

<p>1973年にアンダーソンによって,「量子スピン液体」と呼ばれる磁性体の新奇な磁気状態の存在が予言された.通常の磁性体では,磁性イオンに局在した電子スピンの間に働く交換相互作用によって,温度を下げていけば強磁性や反強磁性などの古典的な秩序が形成される.これに対して,交換相互作用によるエネルギー利得を同時に満足できない競合関係(スピンフラストレーション)が支配的になると,大きな量子揺らぎによって,絶対零度でさえスピンが秩序化しない量子スピン液体が実現し得る.量子スピン液体状態は,単なるスピンの無秩序状態ではなく,量子臨界性や,分数化された特異な磁気励起の存在,トポロジカル秩序によって特徴付けられる相の新たな分類など,磁性分野だけにとどまらない幅広い物理的問題を内包している.</p><p>「量子スピン液体」の実験的研究におけるブレークスルーは,2003年の三角格子有機磁性体κ-(BEDT-TTF)2 Cu2(CN)3(以下では,κ-ETと呼ぶ)の発見であろう.κ-ETの量子スピン液体状態では,比熱で見ると磁気励起にギャップがなく,熱伝導率で見ると有限のギャップが存在するという</p><p>矛盾が見られた.一方で,5年後の2008年に発見された第2の有機スピン液体物質β ′-EtMe3Sb[Pd(dmit)22(以下では,β ′-dmitと呼ぶ)では,絶縁体であるにもかかわらず,比熱や磁化率が金属に似た振る舞いを示し,熱伝導性も金属に匹敵するほどよいという驚くべき性質が見られた.κ-ETにおける低エネルギー励起構造の矛盾,あるいは2つの物質を比較したときにギャップ構造が異なる理由は,長年にわたり未解決の問題である.現在では,さらに幾つかのフラストレート磁性体において量子スピン液体状態が発見されているが,有機物質と同様に,磁気励起におけるギャップの有無について盛んに議論されている.</p><p>このような中で,我々は最近,磁場を掃引したときに試料に生じる温度差である磁気熱量効果が,磁性体における電子スピン系と格子系の結合の強さを評価するよいプローブになることを見出した.すなわち,κ-ETの量子スピン液体状態においてスピン–格子デカップリング現象が生じ,スピン系と格子系の間での熱交換が急激に抑制されることを発見した.デカップリング現象が生じると,熱伝導率測定においてスピン熱伝導がマスクされてしまうため,磁気励起に有限のギャップが開いたかのように見えたと考えられる.</p><p>一般的に,磁場や圧力などの外部パラメータを変化させることによって,秩序相が連続的に絶対零度まで抑制されるとき,量子相転移が生じる.量子相転移点の近傍では,物理量にべき乗則やスケーリングといった臨界現象が見られることが知られている.フラストレート磁性体の場合,量子揺らぎを徐々に大きくしていき,磁気秩序が絶対零度まで抑えられたときに量子スピン液体が生じることから,量子相転移点の近傍で臨界現象が見られると考えられている.実際に我々は最近,β ′-dmitと異なり,κ-ETの磁化率がべき乗則やスケーリングといった臨界現象を示すことを発見し,磁化率の臨界指数を決定することに成功した.臨界指数は系の詳細に依らない普遍量であるため,量子スピン液体を記述する理論モデルの選別に有用である.本研究で決定した臨界指数が,今後の理論モデルの発展に貢献することを期待している.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 74 (7), 483-488, 2019-07-05

    一般社団法人 日本物理学会

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