都市コモンズにおけるスケール分析の意義—渋谷区宮下公園に関する論争を事例として—

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  • Scale analysis in “urban commons”; in the case of the Miyashita Park, Shibuya Ward, Tokyo

抄録

<p> Ⅰ 研究の背景と目的</p><p> 本発表では,行政機関や民間企業が着目する「ソフト面」における都市計画における課題を,経済地理学者ハーヴェイ(2013)が提示した「都市コモンズ」概念を対象に、スケール論の観点から分析することの意義を明らかにする.</p><p> 高度経済成長期以降のモータリゼーションを基盤としたハード面重視の都市整備に対する批判として.住民参加の意識や地域ブランド創出など,「空間を利用する」人々を基盤としたソフトな都市計画が推進されるようになった.一方1970年代後半にイギリスで発祥した新自由主義を受けて,日本政府は2000年代以降,公共施設の民営化を推進した.また地方自治体も規制緩和を行い,都市公園の管理を民間企業に委託する事例が増加している.</p><p> これまでの経済地理学では,民間企業による公的資本の独占が都市空間における公共性を源泉として利益を創出していることを「独占レント」にあたると批判してきた.これらの研究に対して,ハーヴェイ(2013)はコモンズの管理には地理的なスケール分析が必要だと指摘している.そのため,都市空間におけるコモンズが持つ公共性が,民間企業と一般市民の間で、「空間利用の私有化」をめぐるスケールの問題を引き起こしていることを、主に言説により明らかにする必要がある.</p><p>Ⅱ 研究方法と背景</p><p> 上記の課題について東京都渋谷区の宮下公園の指定管理者委託過程に関する論争について分析した.宮下公園に関する裁判の記録,宮下公園を管轄する渋谷区議会の議事録,宮下公園を特集した雑誌記事を対象に分析した.あわせて,宮下公園の観察調査を行った.分析するために利用するスケール観点は,地理学の研究を整理した上で,Smith(1984),Jones et al.(2017)が提唱したスケールの複層性とスケールの統合に関する議論を用いた.</p><p> 宮下公園は,渋谷駅に隣接する都市公園である.2000年代から始まった渋谷駅周辺の再開発の一環として2度にわたり、空間利用が民営化され,現在は三井不動産株式会社が主な指定管理者として公園を管理している.しかし,1度目にナイキジャパンが指定管理者として登場したときに,公園の改修工事中にホームレスの強制排除が行われたこと,宮下公園の命名権に関する入札競争が不透明であったことが裁判や議会で論争となった.</p><p>Ⅲ 考察</p><p> 宮下公園の論争に関する分析を通して,地理学者スミス,N.が提示したスケールの複層性に関する理論によって,ある都市空間を形成する主体間の立場の違いを理解できることが可能となった.宮下公園を含む渋谷駅周辺地区は,都市社会学で“user”と定義される公園の利用者や都市住民が,ファッション街を中心としたクリエイティブ産業の拠点として発展させてきた.これは,「若者の街」としてのイメージや,パブリックアート活動などに表れている.宮下公園を媒介として,身体やコミュニティレベルの下位スケールが,都市空間や地域レベルの上位スケールを形成したといえる.</p><p> しかし公園の管理権限が指定管理者へ移行することで,都市空間の利用のスケールを規定する主導権が都市整備を行う主体に移行することが明らかになった.さらに,公園を管理する民間企業が若者向けの店舗を設置し,宮下公園が持っている交通利便性や渋谷駅の拠点機能,宮下公園の個々の利用者が作り上げてきた場所イメージを利益の源泉としている.この現象は,ハーヴェイ,D.が提唱した「独占レント」とみなせるこの過程で,国や地域などの上位のスケールが,身体,コミュニティ,都市空間のスケールを包括する「スケールの統合」が起きていると捉えられる.表面的にはスケールの複層性が保たれ,都市空間の多様性が利益創出の源泉となっているも関わらず,民営化によりスケールを規定する主体から“user”が疎外されることが明らかになった.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390850475731631488
  • NII論文ID
    130008006698
  • DOI
    10.14866/ajg.2021s.0_63
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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