絶縁体におけるスピン流伝播の微視的機構――マグノン極性の観測

書誌事項

タイトル別名
  • Microscopic View of the Magnon Spin Current―Observation of Magnon Polarization
  • ゼツエンタイ ニ オケル スピンリュウ デンパ ノ ビシテキ キコウ : マグノン キョクセイ ノ カンソク

この論文をさがす

抄録

<p>電子のもつ自由度のうち,スピン自由度の活用を目指すスピントロニクスが盛んに研究されている.既に実用化されている電荷の流れである電流に代わり,スピン自由度の流れであるスピン流で駆動する素子を作製できれば,ジュール熱発生によるエネルギー損失が極めて少ない省エネルギー機器を実現できる可能性がある.スピントロニクスではスピン流の生成と制御が重要な課題となっているが,現在はその機構解明とスピン流の拡散長と寿命を増幅させる安定化要因の探索が目標となっている.</p><p>スピン流を生成する方法として,電磁気学的にはスピンポンピングやスピンホール効果が,光学的には円偏光が用いられる.これらに加えて,熱的にスピン流を生成する方法が長らく探し求められてきた.スピン流を熱的に駆動することに成功すれば,電流や磁場を使わずに非常に小型なスピン流源を作ることができるためである.磁性体に温度勾配を印加することでスピン流を生成するスピンゼーベック効果が2008年に日本初の成果として報告されて以来,スピントロニクス研究は生成方法の開拓から新たなフェーズに入った.</p><p>これまでのスピン流の観測は,電磁気学的,光学的,熱的に生成したスピン流を逆スピンホール効果を通して電圧に変換する巨視的測定に限られてきた.しかしながら,スピン流の駆動原理を探求し,より安定化と効率化を目指すのならば,その微視的観点からの理解も欠かせない.特に,絶縁性の高い磁性体においてスピン流はスピンの歳差運動によって伝播されることは認識されていたものの,その微視的理解は充分とは言えなかった.</p><p>スピンの歳差運動は,準粒子であるマグノンがもつ極性の自由度に対応している.マグノンのもつ極性自体は当然のこととして受け止められてきたが,実はその直接検出はこれまでなされてこなかった.</p><p>偏極中性子はこれまで主に核反射と磁気反射の分離に使われてきたが,マグノン極性検出には中性子偏極を散乱ベクトル方向に向ける特殊な測定環境が必要となる.この中性子偏極を非弾性散乱に適用するため,ビーム強度が弱くなるなど多くの問題が生じることが容易に想像できよう.</p><p>測定は,既知の磁性体で最も高寿命なマグノンをもち,それゆえスピントロニクスに頻繁に使用されるフェリ磁性体Y3Fe5O12(YIG)を対象として行った.その結果,YIGでは主要な音響モードと光学モードにおいてマグノン極性が互いに反転していること,それらの分散関係,強度および極性が理論計算とほぼ完全に一致することが明らかになった.また,マグノンモードの温度変化を追跡することで,観測されたスピン流の温度変化を定性的に理解できた.つまり,光学モードは音響モードと反対符号のマグノン極性をもつため,両モードが熱活性化される温度領域ではスピン流の競合を引き起こすことが微視的測定により明らかになった.</p><p>今回検出されたマグノン極性は,スピン流の伝播方向を決定しており,スピン流の安定化機構やスピントロニクス物質の開発・設計指針には欠かせない微視的情報である.本測定手法は,反転対称性の破れた反強磁性体における運動量依存性をもったマグノン極性の解明などにも適用可能であり,今後,スピントロニクスに限らず広く磁性体一般に展開できる可能性をもつ.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (4), 214-219, 2021-04-05

    一般社団法人 日本物理学会

関連プロジェクト

もっと見る

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ