励起子絶縁体は存在するか?

書誌事項

タイトル別名
  • Do Excitonic Insulators Exist?
  • レイキシ ゼツエンタイ ワ ソンザイ スル カ?

この論文をさがす

抄録

<p>バンド絶縁体は結晶格子の周期ポテンシャルによるバンドギャップ形成に由来し,その単位胞あたりの電子数は偶数である.それに対して,単位胞あたり奇数個の電子をもつにもかかわらず電子間クーロン斥力による電子局在によって生成する絶縁体はモット絶縁体とよばれる.モット絶縁体に分類される物質の多くではスピンや軌道の秩序に伴い単位胞が拡大し,単位胞あたりの電子数が偶数になる.そのため,「秩序がもたらす周期ポテンシャルの効果もあるので純粋なモット絶縁体とは言えない」という主張がある.しかし,それらの物質がスピンや軌道秩序の転移温度以上でも絶縁体である場合にはモット絶縁体と考えて問題ないことが広く認識されている.</p><p>単位胞あたりの電子数が偶数である状況において,伝導帯と価電子帯の間にエネルギーのギャップが存在しない半金属を考えてみよう.半金属において,伝導帯の電子と価電子帯の正孔がクーロン引力によってお互いを束縛して励起子となりBCS的に凝縮することが理論的に予測されている.この凝縮によってギャップが形成されて系が絶縁体となる可能性があり,そのような絶縁体は励起子絶縁体とよばれる.波数空間で伝導帯の底と価電子帯のトップが異なる場所にあれば,それらの波数の差に対応する周期のポテンシャルが必然的に発生してギャップが形成される.この場合,励起子絶縁体はバンド絶縁体の一種に過ぎず,モット絶縁体のような真贋論争は起きない.</p><p>上述の励起子絶縁体は超周期の格子変形を伴うため,電子格子相互作用と電子正孔間相互作用のいずれが主役を演じているかについて論争が絶えない.励起子絶縁体の候補物質のTiSe2では,格子変形が非常に大きいことから電子格子相互作用の方が主体であるとする説がある.一方,パルス光励起で壊されたポテンシャルの周期が回復する時間スケールを測定することで電子正孔間相互作用が支配的であることを示した研究があり,論争が続いている.</p><p>それでは,伝導帯と価電子帯が波数空間で同じ場所にある場合はどうだろうか.別の候補物質であるTa2NiSe5では,この状況が実現していることが角度分解光電子分光(ARPES)で確認されている.単位胞内でTaサイトの電子とNiサイトの正孔が励起子を形成し,仮に励起子絶縁体になった場合でも周期に変化は起きない.しかし,励起子絶縁体の転移と考えられている328 Kでの相転移ではTa–Ni結合長の変化に伴い直方晶から単斜晶へと結晶構造の対称性が低下するため,電子格子相互作用の寄与も無視することはできない.</p><p>時間分解ARPESによる我々の最近の研究で,Ta2NiSe5は励起子絶縁体から半金属への光誘起相転移を示すことが発見された.この光誘起相転移のダイナミクスの解析から,電子正孔間相互作用が駆動する励起子絶縁体と半金属との相転移であることが示されている.まだ論争は残っているが,Ta2NiSe5は励起子絶縁体であると結論する研究者が増えている.</p><p>直方晶の半金属相では結晶の対称性から伝導帯と価電子帯の混成が禁止されており,半金属相は伝導帯と価電子帯が交わるフェルミノードをもつことが示唆されている.電子格子相互作用は副次的な役割を果たしている.単斜晶への変形によって励起子が形成されたTa–Ni結合が安定化され,秩序変数の位相がロックされる.光励起された電子と正孔によって電子正孔間クーロン引力が遮蔽されて励起子絶縁体相が崩壊すると,おそらく直方晶の構造に向けて格子系の時間発展が始まる.励起後1 ps程度の時間が経過し励起子が再形成されて電子系にバンドギャップが開くと,単斜晶の構造に向けて緩和していくと考えられる.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (6), 355-359, 2021-06-05

    一般社団法人 日本物理学会

関連プロジェクト

もっと見る

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ