適応的な歩行の障害とその神経メカニズム

  • 岡田 洋平
    畿央大学健康科学部理学療法学科 畿央大学大学院健康科学研究科 畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

説明

<p> ヒトは環境や課題に応じて,柔軟に歩行を制御し,空間を移動する。例えば,友人と話ながら歩いたり,目的地に到達するため自在に方向を変えながら歩いたり,障害物を跨いで歩いたりすることも可能である。加齢や疾患により環境や課題に応じた適応的な歩行制御が障害されると,日常生活における転倒や交通事故等の危険性の増加や,選択可能な行動の種類や範囲の減少につながる。適応的な歩行の障害は,参加制約や生活の質の低下につながる問題であり,理学療法の重要な対象の一つである。本講演では,加齢や中枢神経疾患による二重課題負荷時の歩行,方向転換や障害物跨ぎ動作の障害とその神経メカニズムについて中心に解説する。</p><p> 二重課題負荷時の歩行に関しては,日常生活では話したり考えごとをしたりしながら歩くような場面が該当するが,二重課題負荷時の歩行を制御する際には自動的な歩行やバランスの制御が基盤となる。歩行の自動性やバランスの制御に問題があると,歩行動作の制御に対する注意や計画の要求度が高くなるが,歩行中に他の課題を負荷されると,さらなる情報処理を求められるため,認知的な負荷が歩行動作に干渉する可能性が考えられる。歩行中に話しかけられると足が止まってしまう高齢者は将来の転倒リスクが高いことや,脳卒中患者は健常者と比較して通常歩行時にも前頭前野の活動が高いが,認知課題を負荷されることにより前頭前野の活動増加の程度が大きくなり,その増加の程度は認知課題による歩行動作への影響の程度と関連することなどを報告している先行研究はその考えを支持している。しかしながら,脳卒中患者の二重課題を負荷された歩行時の前頭前野の活動の増加の程度は,バランスに対する自己効力感が低い者ほど大きく,認知機能が低下している者ほど小さくなることも報告されている。認知課題負荷の歩行への影響を考える際には,他の要因の評価も統合して検討する必要がある。</p><p> 方向転換は日常生活において要求される頻度が高い適応的な歩行の一つである。方向転換の際には,移動軌跡に関する視覚情報を頭頸部,眼球の運動により先行的に取得し,一時的に保持し,適切な移動軌跡で歩く方向を変えるよう計画し,足の接地位置を予測的に制御する必要がある。同様に障害物を跨ぐ際は,障害物に関する視覚情報を取得し,一時的に保持し,障害物に対して適切な位置に足を接地して跨ぐため予測的に歩幅を調整する必要がある。このように,方向転換や障害物を跨ぐ際には直進歩行と比較して,大脳皮質において複雑な情報処理が求められると考えられる。先行研究において,高齢者は若年者と比較して,方向転換動作や障害物跨ぎ動作時の前頭前野の活動が高いことが報告されている。高齢者における方向転換や障害物跨ぎ動作時の前頭前野の活動増加は,課題の複雑性増加に伴う遂行機能への依存の増加を反映すると考えられる。主要な大脳基底核疾患の一つであるパーキンソン病では,方向転換時に足が地面にくっついたようになって進めなくなる「すくみ足」が発生するリスクが高いことが知られている。方向転換時にすくみ足が発生する際にも,前頭前野の活動が増加することが報告されている。自発的な運動の障害が顕著になるパーキンソン病患者は,注意を向けて動作を制御する目標志向的な運動制御を代償的に利用する傾向にあることや前頭葉機能が低下することが知られている。そのため,方向転換時に複雑な情報処理が求められると,目標志向的な歩行制御に干渉し,すくみ足の発生につながる歩幅の低下や歩行率の上昇を増悪させることが影響している可能性がある。</p><p> 理学療法士が適応的な歩行の障害のメカニズムを知ることは,介入対象を深く理解することにつながり,臨床意思決定や新たな介入の発展に寄与することが期待される。本講演では,適応的な歩行の障害に関して過去の研究により一定の知見が得られている知見を中心に情報提供する予定である。</p>

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 48S1 (0), C-52-C-52, 2021

    日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390853443031060736
  • NII論文ID
    130008133518
  • DOI
    10.14900/cjpt.48s1.c-52
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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