畑灌地域における露地野菜作経営の展開に関する一考察 : 綾川畑灌事業地域を対象にして

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タイトル別名
  • A Study on the Effect of Artificial Irrigation in Upland Farming in Ayagawa Irrigation District
  • 畑潅地域における露地野菜作経営の展開に関する一考察--綾川畑潅事業地域を対象にして
  • ハタカン チイキ ニ オケル ロジ ヤ

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抄録

我が国の畑作農業を水田稲作農業を対比する場合の二重の格差-地目差と作目差-は,近年,一定の変化をみせている.まず,作目差についてみると,我が国農業の戦後段階を画した昭和30年代の後半以降の開放経済体制下において,開放体系に組み入れられ,国際貿易の波にさらされた作目と,保護体系にのり,価格政策や補助金政策の対象になった作目との大きな格差がつくられた.開放体系の作目は麦を筆頭に,甘藷,大豆等の普通畑作物が多かったため,畑作地帯の土地利用と農業経営の衰退と転換が進行したのは周知のとおりである.麦の生産縮小が起ったため水田裏作が後退し,水田利用も停滞したが,米は保護されていたから相対的には水田農業は安定していたといえよう.しかし,この格差要因は二つの点で崩れかかっている.第1は,保護されてきた作目では,それへの作付集中のため"生産過剰"が発現したこと.果樹(ミカン),酪農(牛乳),稲作(米)などがそうである.旧来の"保護作目"の有利性は損なわれてきたのである.第2に,"保護作目"が保護対象からはずされ,自由化されてきたことである.今日ほとんどすべての農産物が国際競争市場に巻き込まれつつあるという意味で作目間の格差は縮少してきた.もちろん今日の時点でも水田=稲作を技術,価格,流通,制度等の点で他の作目と比較した相対的有利性が失なわれたわけではないが,かつてのような隔絶の格差は無くなってきている.地目差についてみると,畑作物の収益性が相対的に高い地域では水田との地価格差が縮小してきているという事実があるが,技術的側面からみても,水田転作が行われるようになって以来,水田の汎用化が課題となっている点に注目しなければならない.水田の汎用化とは水田においても夏期に畑作物の生育が可能なように基盤整備を行うことであるが,これが政策的一時的対応ではなく,水田二毛作農業の発展形態としての田畑輪換にまで至るものであれば,地目差の縮少・解消への一歩として評価されるであろう.一方,畑地潅漑も畑地における灌漑農業の成立を通して,経営追加投資に充分リスポンスする土地条件を創出し,地目格差の縮少を目指す技術である.このような条件によって相対的には畑地と水田の格差は変化しつつあるといえよう.ただ,現実には種々の形態と方法でこのような方向が追求されてきているとはいえ,その実現は生産力の正常な展開条件が損なわれている状況下では,様々な困難をもっている.本稿では,畑地灌漑による灌漑農業の成立を地目格差の縮少と自由な作目選択を保証する条件として考察した.具体的には南九州における畑地灌漑事業の実施に伴う畑作経営の再編成を産地野菜作を調査対象にして分析した.そこではまず,畑灌の前史としての南九州における畑作土地利用と畑作生産力の変貌を顧みた.概ね南九州では昭和40年代の入り口で大きな転換を迎えたが,そこでは普通畑作の生産条件が崩壊し,低位均衡の生産力構造にも変革が迫られた.種々の摸索の結果,新たな作目として飼料作物,工芸作,野菜作が登場するとともに,それらの主産地化が進んだ.この過程においては,旧来の作付体系にとって代わって新たな基幹作物を柱にした土地利用体系が形成された.このような場合,しばしば経営方式の専一化・専作化がもたらされるのであるが,南九州においては他の地域と異なり,地力維持や堆厩肥の確保に比較的配慮した経営方式がとられた(中島,1984).とはいえ,畑作農業における機械化・化学化や畑地灌漑による水利用はこの地域においても土地利用の分化・固定化を招き,連作障害の発生や地力の低下を生じるまでになっている.今日,以上述べたような土地利用の集約化とともに,他方では耕作放棄や土地利用の粗放化がみられ,それに対する経営的対応が迫られることになったのである.綾川土地改良事業は昭和46年に完工して以来,取水量が着実に増加し,畑灌としての利用も高まっている.しかし,それには地域的偏差が大きく,地目構成の相違が大きな要因であるが,作目の差もしだいに水利用の多寡の大きな要因になりつつある.すなわち,圃場で水利用が行なわれているのは施設および露地の野菜作や茶園であって,普通畑作や飼料作物へは,ほとんど利用されていないのである.そのため畑灌は,農業経営方式にとっては経営部門結合の分化力として作用しているのが現状である.ここには,畑灌が未だ充分に土地利用体系の中に組み込まれ,確立された技術になっていないことが示されている.我々は,露地野菜作を調査対象に選んだ.畑地灌漑に伴う経営方式と経営規模の再編成が最も典型的にみられると考えたからである.露地野菜作は,この地域では中位の集約度をもった作目である.したがって畑灌による水を利用して露地野菜作を,経営部門として導入することは一種の内延的規模拡大であるが,露地野菜作で専業的自立を図るには一定の耕作規模を確保する必要がある.このことを勘案して調査では次の四類型を抽出した.①露地野菜中規模経常(4戸)②露地野菜大規模経営(7戸)③露地+施設野菜経営(6戸)④タバコ+露地野菜経営(5戸).調査結果の概要は表-7に示してある.調査結果によると,1.露地野菜作での専業限界はこの地域では160aの前後であった.露地野菜中経営では灌水率は高く,土地利用は極めて集約に行なわれているが,規模が類型の中では最小であるため所得形成力は弱い.また,土地利用方式は連作的になっており,経営面積の小ささが制約になっているとみられる.2.露地野菜大経営は,露地中経営に比べると経営面積に余裕があるため,露地野菜と普通畑作を組み合わせた輪作体系によって土地利用の適正化を図ることが可能なのであるが,実態はそうなっていない.露地野菜作の収益性が低いということが一つの原因であるが,灌水率が低いことにもみられるように水利用が充分でなく,畑灌を利用した土地利用技術の形成が未展開であることが大きな原因である.3.露地中経営の規模の限界を内包的に克服したのが露地+施設経営である.労働の集約的な投下がその成立条件である.集約度が高く収益水準も高いが,土地利用上は施設圃場の固定化とそれ以外の圃場の粗放化がみられる.それと同時に,施設規模に労働力,土地利用の両面から限界があることが問題点である.4.タバコ+露地野菜経営はタバコ作に補完的に結合した野菜作である.したがって他の形態の露地野菜作に比べて土地利用上の矛盾は小さい.しかし,タバコ作が基幹的であるだけに,野菜作は付随的であり,粗放にならざるを得ないのである.5.畑灌は露地野菜作でかんばつ防止的に使われているほか,大根の洗浄水としての利用や防除用水としての利用が進んでおり,畑灌が露地野菜の導入,拡大の基礎条件であったことが確認できる.6.しかし,水利用は現在の段階では経営部門の結合関係には分化力として作用している.それは例えば,露地野菜作の導入,拡大が畜産部門の縮小,放棄になっており,堆厩肥を外給化せざるを得なくなっていることにも示される.7.畑灌が新たな土地利用方式を実現するための統合力として機能するためには,普通畑作物(禾本科作物)や飼料作物への水利用技術の開発とそれによる輪作体系の確立,湛水的利用や田畑輪換技術の開発が必要である.最後に,南九州の社会経済条件,自然条件を考慮に入れ,畑作経営の展開を展望する時,一定の耕作規模をもった輪作的土地利用方式および家畜飼養による地力維持方式の確立とそれを担う経営主体の形成とは不可欠であるように思われる.これが個別の経営主体の下で行われるべきか,一定の地域の中で地域複合的に行われるべきかは問わないとして,畑地灌漑は輪作体系に組み込まれる集約作物栽培の前提条件となるばかりでなく,土地管理,地力維持の面でも効果を発揮できるはずである.まずは輪作的土地利用の実現可能性をもった露地野菜規模経営において露地野菜を組み込んだ輪作体系の確立と水を利用した土壌管理,地力維持方式の確立が求められている.

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