<論説>「帝紀」・「旧辞」成立論序説

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書誌事項

タイトル別名
  • <Articles>Introduction to the theory of the Compilation of the Teiki and Kyuji
  • 「帝紀」・「旧辞」成立論序説
  • テイキ キュウジ セイリツロン ジョセツ

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抄録

今日、『古事記』の原資料である「帝紀」・「旧辞」の完成時期を、天武朝以降に求めるのが通説的理解である。しかし、『古事記』序文からは、天武による「帝紀」・「旧辞」の撰録・討覈の実施は読み取れず、また、『古事記』における王統譜の改作時期を天武朝以降に求める見解もその論証過程には不備が確認され、両書が『記』に直結する形に纏められた時期は、天智朝以前に遡及させなければならないといえる。 それを前提とし、主として『古事記』の王統譜を分析することで、現存諸史料には確認されない、息長氏・ワニ氏・尾張氏等の継体擁立氏族を主体とした、舒明朝における修史事業の存在を抽出した。その修史事業において、息長氏などは継体との関係を密接化させ、尊貴性を明確化させるために種々の系譜を創作したのだが、決してそれら氏族だけにメリットがあったと解釈すべきではない。修史事業参画氏族が、敏達―押坂彦人大兄―舒明という敏達王系と血縁関係を有していることに着目すれば、それら氏族出自の后妃を六世紀以降の王統の直接的祖である継体に至る王統譜上に添加し、その所生皇子などが即位するという事象を複数例造作することは、舒明即位の正統性を顕在化させることに結び付くのである。これを踏まえれば、舒明朝の修史事業とは、舒明の意向に立脚して推進された王権主導の事業であったことが判明する。

収録刊行物

  • 史林

    史林 83 (3), 343-379, 2000-05-01

    史学研究会 (京都大学文学部内)

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